2012年スタート!


更新がままならない日々を送っていますが、私達親子はすこぶる元気です♪
娘と過ごしているとあっという間に一日が過ぎ、
気がつけば、慌ただしい年末を超え、2012年がスタートしていました。

娘はますます野性児っぷりに磨きがかかり、数日前には1メートルほど歩けるようになったのですが
それがよほど嬉しいらしくよじ登れる場所をみつけてはガシガシ登りそこでぴょんぴょんひと踊りしては降り、登っては踊り、そして降り、、、を繰り返しキャッキャッと喜んでいます。
親はひやひやでたまったもんじゃありませんが、とめたところでなんにもならないので、ただただ
近くで見守る看守のような日々です(笑)
冷や汗かきそうな場面も多々あるのですが、振り返りざまにニコってなんかされちゃうと
も〜たまらん!!!なんでも許しちゃいそうな気持ちになっちゃってます。
1日に何度「あんたかわいか〜!いやまじかわいい。」って言葉を口ずさむことか・・・

友人達に「2歳までは無条件にかわいいけん思いっきり楽しみぃ!」
と散々言われているので(笑)この期限付きの可愛さを思い存分楽しんでおります。

大人になればなんちゃ変化のないほんのわずか1年で、こんなにも目覚ましく成長している娘を見ていると「1年」の重みを感じます。
この世に生まれてまだたったの一年。
たったの一年で人間はこんなにあらゆる能力を身につけ、順応し、適応していくものだなんて
私は今まで知りませんでした。
すごい!人間ってすごい!

娘から《たくましさ》を教えてもらっています。

今年も目一杯娘と共に過ごす時間を抱きしめながら娘の姿をしっかりと
目に焼き付けていきたいと思います♪



↑ちなみにこれはクリスマスの時
初めての色鉛筆に興味津津の様子
え?服がサンタだって?
そうです、そうです、ガッツリ親の自己満です。
決して娘が着たいっていったわけじゃありません・・・・・
だって、1900円だったんだもん・・・
来年も着れるように大きめを購入してますが、
果たして来年彼女は着てくれるのでしょうか・・・・・


| Dairy Life -日々五感- | 00:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

一歳になりました♪

娘が生まれて一年がたちました。
祝!1歳!!!!!



去年の今頃がついこの間のように思いだされます。

痛かったなぁ〜とか
寒かったなぁ〜とか(笑)

あの日の感動はそりゃすごかったけれど、
今、こうやって一歳をお祝い出来ていることの方が奇跡のように感じます。

無事に、大きな事故もなく、健康に、
こんな初心者マークバリバリのママのもとで
一年を過ごしてくれたことに・・・・・

ありがとう・・・・
よく、よく
頑張ったね!

この新しい世界で新しい事ばかりを味わいながら
ひとつひとつ手にとって
ひとつひとつ嗅いで
ひとつひとつ舐めて

これはなにかな?
これはどんな味かな?
これはどんな匂いかな?
これはなにに使うのかな?

そうやって、この世のすべてのものにまっさらな瞳で
なんの観念なくただただ好奇心の赴くがまま
受け取る貴方から、ママはたくさんたくさん学びました。

貴方がでっかい産声をあげてすんごい勢いで産道を潜り抜けたのは
ついこの間のようだけれど・・・・・・

この一年、色々あった・・・ね。

短いようで、長い、そんな一年だったね。

ママが流す涙、たくさん見せちゃったね。


ママにとってこの一年は、生涯で最も涙を流した一年でした。

それは悲しみや切なさだけじゃなく

貴方の小さな成長のひとひらへの歓喜する涙も・・・・

初めて味わう涙の味を貴方が運んでくれました。


ありがとう・・・・・



来年は、たくさんたくさん笑う、一年になりますように・・・・



生まれてくれて本当に本当に



ありがとう!!!!!!!







| life with baby  -赤ちゃん日誌- | 01:42 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |

発熱、その後

ガクンと平熱に戻った話が前回。

翌日おむつを取り替えようと隣りで眠る娘を見た瞬間!!!!!
顔が赤い発疹で埋め尽くされていてびっくり仰天!

よく見ると首、背中、お腹、お尻まで全身に広がっていた。

しばし呆然としたが、すぐにこれが親子の第一関門だと言う「突発性発疹だ」と気がついた。

突発性発疹はヒトヘルペス6型と7型があるらしく二度かかる子もいるみたいだが
たいていは一度かかると免疫がつくらしい。

とりあえず、熱はないし、食欲も少し回復しているし、顔色も昨日よりもずっとよくなっているから、
あとはこの発疹を出し切ればよし!

私も体質上これまで数知れず蕁麻疹や湿疹の類は経験しているけれど、こーいうのって
出し切るまでが辛い。
ムズムズ、イライラ、な〜んかスッキリしないモヤモヤが続く。
痒みがあればなおのことそのイライラ感が増す。
けれど、出し切った瞬間、スッキリ気分爽快になる。
見た目は一番醜い時なのだが、実は身体の中は一番スッキリっていう状態になっているから面白い。
周りが「かわいそ〜。大丈夫?」って思う時と、本当にきついときのタイムラグがある。


今日の娘がまさにそれ。
発疹がこれからピークになるっていう日。
んなもんで、たいそうご機嫌斜め。
熱も下がり昨日より身体が軽くなっているから動きたくてしょうがないみたいだが、
なぁんかすっきりしないみたいでちょいちょい大泣きする。
その大泣きごとにおっぱいを欲しがるのだけれど、本人はお腹いっぱいで本当はあまり
飲めないし、おっぱいもそんなに立て続けに出ない(笑)
飲めないのがまた腹立たしいようでまた泣く。
本人は口にふくませるだけでいいみたいなのだが、ずっとそうやってるわけにもいかない。

おもちゃや音楽で気を引こうとしたがどれもあまり長続きしない。

ママの予定変更!
やれることは後からやる!(笑)

結局今日もおっぱい頼みの一日となった。



↑・・・・とこれが四日前。途中で書いてそのまんまだった。
発疹は丸3日出て、昨日さぁ〜っと引いてくれた。
ほっと一安心。

私達親子の初めての発熱体験。

しょっぱなからウィルス性胃腸炎と突発性発疹の合併で、
娘にはかなりきつい試練だったはず。

よく頑張った!!!!!



この笑顔をかーちゃんは待ってたぞ!!


| life with baby  -赤ちゃん日誌- | 23:22 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |

初!発熱!

11か月記念が過ぎた翌日から娘が発熱した。
今日で四日が過ぎた。
どーなることかと思ったが、今日の夕方からガクンと体温が下がってくれひとまず一安心。
最高9度5分まで上がった時は、人間湯たんぽ状態の娘を抱っこしながらどーか体温が私に流れますようにと祈った。

1日目、なんか娘の様子がいつもと違うなぁと思っていたらピーピーと腹の音が聞こえ
下痢がスタートし、頬が瞬く間に高揚し始めギャーギャー泣き始めた。
そこから、片時も乳を離さない状態が始まった。
こりゃ身動きとれんなぁ・・・
・・・・・と思っていたら私もお腹がピーピー言い出して5分おきのトイレがスタート。

私がトイレ行ってる間狂ったように泣く娘の叫び声が背中に刺さり、
「ごめんよーごめんよーかあちゃんも痛いんだよー待ってておくれ」
と独り言を言いながらイソイソと用を足してそそくさと娘のもとに戻り乳をやる。

↑っていうサイクルをどれだけ繰り返しただろう・・・。

幸い私の下痢は1日目がピークだったから、あとの三日は娘に集中できた。

娘にとって初の高熱。
ママにとっても初めての体験。

初心者マークをくっつけた私達親子の初の試練のように感じた。

食べ物は全て拒否。
受け付けてくれたのは乳と葛湯だけ。
葛湯に砂糖と塩を混ぜたお手軽ポカリをとにかくちびちびと飲ませ、
あとは欲しがるだけ乳をあげた。
テルミーも毎晩した。
ホメオパシーは最初Acon.を飲ませたがあまり効かず Bell. で様子をみてから最終的に
Chin.とFerr-p.に移った。
(Chinは下痢の痛みに、Ferr−p.は熱にかなり効果があったように感じる。)
私が脱水になっては元も子もないので、水分をこまめに補給した。

熱もきつそうだったが下痢が相当にひどかったから体力の消耗が激しそうで
最初の二日間で随分を小さくなったように感じた。
血色が悪くなりフラフラになりながらも、にこっと笑ってくれたりする時があって
胸がぎゅーっと締め付けられるような気持ちになった。
「笑うエネルギー治癒にまわさんね〜」と言いながらも
その笑顔に私が励まされた。

助けられたのは
先輩ママ友達のアドバイス
生まれる前に買っておいた「子育てハッピーアドバイス小児科編」
↑これはほんとーに心強い本!
元旦那も心配して毎日電話をくれた。
彼自身はなにかっていうとすぐに病院にかかる人だから(笑)「病院に早くいって!」と言われるかと思っていたが、「なるべくなら抗生物質等の薬は飲ませたくない」っていう私の気持ちを尊重してくれ、
「乳飲んでるなら様子を見よう」と言ってくれたのでとても有り難かった。

考えられるのは
突発性発疹、風邪、インフルエンザ、ウィルス性胃腸炎等など

はしか、風疹、おたふくなんかも考えられるけれど、私が下痢をしたってことでとりあえず却下。

どれにしても、特効薬なんてなく、出されても整腸剤、抗菌薬、お医者さんによっては抗生物質が
処方される位。
整腸剤は父が残してくれていたものが山ほどあったから、それを葛湯に溶かして飲ませた。

3日目の昨晩、いったん引いたと思った熱が夜中にまたぐおーんと上がった時、
いよいよ病院に連れて行くべきか悩んだが、免疫、抵抗力が極端に下がっているこんな時期に
病院に連れて行って他の病気を頂戴しかねないので、とりあえず乳をしっかり飲んでくれている間は
脱水にはならないだろうと様子をみることにした。

明日も引き続き熱と下痢がひどいようなら病院に行こう!

そうきめて今日1日を過ごした。

今日は朝も昼も、おかゆを少し食べてくれた。
NHK教育の大好きな番組「みぃつけた!」のオープニングが始まるとふらふらしながら踊った。
顔色は相変わらず悪く唇の色も良くないが、昨日よりは随分と動きがいい。
下痢の回数も減った。

そして、今

熱が全くない。
平熱に戻ったのは4日ぶり。

とはいっても、また再発熱することもあるようだから油断は禁物だけど・・・。



ひとまず4日間を終えての感想


「おっぱいはすごい!」


これに尽きる!


寺田先生の言葉が何回も頭の中でこだました。

「おっぱい飲んでる子は強いんよ!母乳育児は後々たくさんの恩恵があるとよ!」


正直、泣き叫ばれながら口に含まれおっぱい噛まれ過ぎて乳首に血が滲み現在泣きそうな程
痛い・・・・・・

が、しかし!

おっぱいなかったら・・・・・もっと辛かったはず!


ありがとう・・・・


おっぱい!!!!!



| life with baby  -赤ちゃん日誌- | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

母、手術後の経過

手術が無事成功してから6日が経過。
大腿骨頸部骨折の手術は、骨をごっそりと切除しチタンの代替骨を入れるというものだったのだが、
手術はとてもうまくいき、回復もとても順調にいっている。
次の日から早速リハビリが開始され(あまりの早さにちょっと驚いたが・・)今日は尿の管が
外された。
来週には病院を移りそこから2カ月ほど入院する予定。
痛みも随分と軽減されたらしく、毎日「痛い痛い」と泣いていた母も今日は笑みも浮かべて
「痛みが和らいできた」と言葉を発してくれた。
ほっと一安心といったところ。

ただ肉体的には順調な回復をしているのに反して、もともと脳梗塞をもっていただけあって
心理的部分は回復どころかかなり後退してしまっている。
まず言葉数が減った。
今までは頓珍漢な答えであっても一応私の問いかけには何かしら答えてくれていたのだが、
近頃は私の問いかけの意味がすっとわからないみたいで沈黙が続く。
何度か聞くと
「よくわからない。」
と答える。
意味がわからないのか、どー答えていいかがわからないのか、それも「わからない」らしい。
おそらく脳の信号が休憩しているんだろう。
寝たきりって言うのはこれが怖い。
刺激がなく、身体を動かさず、単調な毎日を過ごすと健常者でも脳は衰えていくというから
当たり前といっちゃ当たり前なのだろうが、
こーいう下降線をたどることは予想の範疇だったとはいえ、なんとも苦い心持になる。

でも朱嶺の顔を見るのを毎日楽しみにしていてくれているようで、看護師さんにもよく孫の話を
しているらしい。
朱嶺がババの支えになってるのは嬉しい限り。

今後、母が家に戻れるか否かは、母のリハビリにかかっている。
「自力でトイレに行けるか」
ってところがポイント・
いけない状態だと当然誰かのヘルプが必要になるのだけれど、
ヘルパーさんに24時間いてもらうわけにもいかないし、
以前のように私か父かどちらかが交代でサポートできる状態でもない。
そうなると自力で出来るようになるまで入院するか、施設にいくか、、、、ということになる。
母を施設に入れることにずっと抵抗していた私だったけれど、ここにきてやっと、
そういう選択も場合によっては受け入れないといけないのかもしれないと思うようになってきた。

あまり先々のことに思いめぐらして心配してもどーしよーもない。
今は、母がリハビリを頑張って家に戻ってくれることを祈るしかない。

今年もあと一ヶ月半。

やれることをただやろう・・・・



| Family -家族の軌跡- | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

自然治癒力



 出産のときお世話になった寺田助産院で初めてその存在を知ったテルミー。

茶色い棒状の灸で身体を全身くまなくさすり自然治癒力を高める温灸療法。

父の癌発覚と妊娠が重なり気持ちが不安定だった妊娠初期の時
これをしてもらって身体と心がとても軽くなった。
産後の産褥期、股の痛みや(笑)乳腺炎の痛みが出た時もテルミーをすると
とても楽になった。

父の癌の末期、これを毎日3〜4回びわの葉と併用して施していた。
父はこの時間だけは痛みを忘れるととても喜んでくれた。
「なんかこれをされていると、治る気がするんだ。不思議だなぁ。」
と言ってくれた。
父と娘のそれまでの関係性にはなかった二人の暖かくて優しい時間だった。

先日、我が家に宿泊したゆりさんもツアーの持参物にテルミーが・・・
毎晩欠かさずするのだとか。

私も最近毎晩欠かせないアイテムになっている。
娘が寝た後に、ゆっくりと首、肩、背中、お腹、脚・・・とテルミーをする。
ほどよい暖かさが身体に沁み渡り、独特のテルミーの香りが部屋に充満して
それがまた心を癒してくれる。

何よりうれしいのは、テルミーが乳幼児にもいいってこと。
ベビーの免疫力アップにもつながるし、精神を落ち着かせるのにもいい。
朱嶺のテンションがだいたい眠る直前にMAXになるのだけれど
テルミーを嗅がせると寝付きがいい。
面白いほどわかりやすい(笑)

ホメオパシーもそうだけれど、ベビーはほんとにわかりやすい!
あの効果の出方の顕著さを見ていると、ベビーの身体と心がどれだけシンプルかがわかる。
それに比べて大人の身体と心がどれだけこんがらがっていてややこしくなっていることか・・・
正直、ホメオパシーがこんなに効くものだってこと、私は娘を見ていて初めて知った。
大人じゃこーはいかない。
いまのところ一般の薬を飲ませたことがない。
ちょっとした発熱や下痢ならレメディだけで十分。
あと、突発性湿疹や、じんましんにはテキメンに効く。
基本キットは我が家の薬箱だ。
(ホメオパシーの極端な使い方で悲劇的な結果になったっていうニュースが出てホメオパシー自体が糾弾されているけれど、なんだかしみじみ日本人の国民性がでてる気がしてならない。
日本人は真面目で一途。
ドイツ、イタリア、インド、アメリカ、、、、等ではホメオパシーは市民権をしっかり得ている。
極端すぎる使い方をせずに、一般の薬も上手に取り入れながら使用すればあんな事件は起こらないはと思うのに・・・)

ステロイドを離脱してから10年。
様々試してみた代替療法。
自分の身体の感覚だけが頼りで、皮膚が答えを教えてくれた。
皮膚の答え通りに生きていたら、いつのまにか私の身体はあの頃に比べて随分単純になった。
一般の薬を飲んだことってここ10年ない。(妊娠時、子宮収縮緩和の薬を飲んだことくらいかな・・)

ある知人からどーやってそこまでアトピーが治ったのか・・って聞かれて、
そーいえば余りそーいうライフスタイルの事をブログにのっけてなかったなぁと思った。
そーいうカテゴリーを作って詳しく書いていこうかなぁとも思っているのだけれど
とりあえず簡単に今生活に取り入れていることをざざっと書きだしてみると・・・

玄米菜食《陰陽五行》が基本軸。
ここ数年は緩い感じで適度に魚や鳥・豚も入れてる。
緩んだなぁ〜と思ったら陽性寄りに、締まったなぁと思ったら陰性寄りに、って位で
あまりストイックにマクロビをしているわけじゃない。
陰陽の知識が頭に入っていると何かと助かるのは事実だけれど
四季折々の旬の食材を取り入れるのが一番手っ取り早い。
(今年の秋はやたら栗を剥いた・・・(笑))
牛乳は飲まない。(嫌いだから・・(笑))
なもんで家には常備していないけど、外食でクリーム系とかだと飲んだり食べたりする(笑)
ヨーグルトも食べる。(食べ過ぎるとカユカユが発生する・・・ならやめろって話だけど・・・)
卵は二日に1個のペース位。
あと、最近聞いた話では、玄米ばかりだと心臓によくないらしい・・・。
↑は体験して感じたことではないから実際どーかはわからない。
全粒粉系のパンもよく食べる。

季節かわりなく、常にストックしているのは《本葛粉》《梅干し》《ヨモギ粉》《しょうが》《レンコン》《大根》
ヨモギはかなり使える。
陰性寄りになりすぎた時はヨモギを溶かしてそのまま飲むときもあるし、
ちょっとした出血にはヨモギをすりすりしておけば勝手によくなっている。
風邪引きかけてる時は葛、下痢にも葛
葛もかなりの万能選手
喉が痛いときはレンコン、
熱が出たら大根湯、梅しょう番茶・・・・
生姜湿布やイモパスターなんかも使える。

塩も欠かせないアイテムのひとつ
ここ数年お気に入りの《済塩》っていう塩を使っている。
朝起きたらこの塩をちょっぴり湯のみにいれてさ湯を入れて飲む。
風呂にもひとつかみ入れる。
時には髪も塩で洗う(笑)
歯も塩で磨く。
育児で歯医者にいけないのに、歯痛が激しい時期があってどーしよー!!?と
おもっていたけど塩歯磨きを丹念にしていたら痛みがどっかにいってしまった。
恐るべし塩の力。
(でも、歯医者には行かないとなぁ・・あぁ憂鬱だ・・)

洗剤は重曹がメイン
重曹水に用途に合わせてアロマオイルを入れたりもする。
(市販の洗剤を使うとすぐカユカユが発生するからどんなに特売でも買えない・・のがときたま辛い・・)

掃除にも重曹水は使える。
電解水も使える。

あとは・・・
ハーブもよく使う。
とくにカレンデュラの花びらは常にストックしている。
湿疹が出た時、肌荒れがひどくなった時、あかぎれなどに煮出した汁でパッティングすると
驚くほどよくなる。
ただ、使っていて気がついたのだけれど、カレンデュラは頻繁に使用すると効果が薄れていく。
これを知らない人って結構多い。
カレンデュラには天然のステロイド的な効能成分が入っていて、これが皮膚炎にテキメンに
効く理由なのだけれど、ステロイドっていう薬の方向性と同じで、排出しようとしているものを上から
抑える《蓋》の役割をする。
一時的に皮膚炎に使う分にはかなりの効果を発揮してくれるのだけれど、多用しすぎると、自然に
治癒しようとする身体の働きを弱めてしまうし、排出したがっているものを上から抑え過ぎると、後から他の箇所がひどくなってしまうってこともある。
これ体験してみて感じたこと。

ベビー用のカレンデュラ入りのディクリームがかなり売れているみたいだけれど、
私個人的には「それってどーやろ?」と思っている。
ベビーなんて自然治癒力の塊みたいな生物なのにカレンデュラを多用するなんてもったいない。
ベビーの蕁麻疹、湿疹、発熱、下痢、、、、とかって全て「いらないもの排出した〜い!!」っていう身体のサイン。(大人もそうだけど・・)
《ほっとけば治る》っていうのが基本だと思うから、あれやこれや塗りたくったり摂取させたりする前に
ベビーの身体を信用して見守る時間って大切だなぁと娘育てながら実感する。
これがまた、なかなかどーして母親にとっては試練でもあるのだけれど・・・・(苦笑)

これは、カレンデュラはに限ったことじゃなくて、ハーブ全般、野草、にもいえること・・・
ハーブだって、一般薬や漢方と同じで、一種の薬。
頼り過ぎると、自然治癒力が弱まってしまう。

そもそも、人間には自然に治癒しようっていうすんごい働きがあること、
これが根っこだと常日頃思う。
ここんとこを腑に落とすには、何よりまず自分の身体を信頼することだと思う。
自分の身体を信頼できないから、「これがなければ生きていけない。」っていう依存心が
発生してしまう。

娘が生まれて始めたホメオパシー
これの面白さは、基本の軸が人間の身体をとことん信用しているっていう根っこから
生まれているから。
自然治癒力の動きを促すのがレメディの役割。
だから、合わないレメディを摂取しても何にも起こらない。
レメディと症状がぴたっと合うと、びっくりするくらい効果がある。
いったんレメディが効いて自然治癒力が動き始めたら摂取はしなくていいから
依存もない。
しかも、それぞれの多数のレメディはもっと深〜い精神に作用する。
そこも面白い。
けれど、ひとつ難点、というか私にとってのデメリットは種類が多すぎて名前が
覚えられないこと(笑)
もっと若いころなら覚えられたのに・・・とアラフォーの抗えない記憶力の低下を嘆く昨今。
地道に覚えよう・・・・


書いてたら長くなった・・・
こーいう内容は止まらないな。


アトピーになったおかげで見えたこと、感じたこと、たくさんある。
ステロイドに依存し、薬漬けだった10代〜20代
身体と自分の間に隔たりがあった。
自分の力ではどーにも扱えないお化けみたいな存在としてアトピーを捉えていた。
ステロイドを離脱してからのこの10年間
一年一年追うごとに、より身体と心が距離を縮め一本化していくのを感じている。
娘を産んでさらにそれは強くなった。


人間は動物だ。











| body,mind,spirits -身体と頭と心ー | 00:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

携帯故障・・・・

昨日の朝、昨晩まで正常に動いていた携帯がうんともすんともいわない。
充電しようとしてもできない。

こりゃいかん!!
と店にいって見せたら
「バッテリーは正常だから本体の中が壊れているようですね・・・。修理に出さないと直りませんが
そうするとデータは全て初期化されるので戻りませんがいいですか?」
と言われた。
データがなくなる?そりゃいかんやろ!
データ復旧できない?んなあほな。

結構食い下がったが他に方法がないという。
(そもそも私がSDにバックアップしていなかったらいけないのです・・・・
皆さん必ずデータはSDなどにバックアップしておきましょう・・・)

介護関連、他諸々の業者関連、父の旧友や後輩、同僚の方々などの番号も入っている。
携帯しか教えていない方々も大勢いるし、
母の病院とも携帯でやりとりしているし・・・・・
どれだけ携帯に頼った生活をしていることか・・・
とにかく、携帯は今すぐ確保したい。

せめて電話番号とメルアドだけでも同じままで機種変を・・・と思い尋ねたら
それも今すぐはできないと言われた。
・・ってのが、この携帯、名前と支払先だけは変更しているのだけれど、諸々の理由から名義は
元旦那の会社名義のまんまだから。
機種変するにせよ、名義変更するにせよ、名義の代表者がいないとできないし、名義変更には
印鑑証明書やらなんやらが必要。
片道1時間は楽にかかる遠方から元旦那をよびつけるわけにもいかない。

なんかいい方法はありませんか?と尋ねたら、
修理している間に携帯を貸し出すことはできるけれど、修理代は高いし、どうせデータが消えるのであれば新しく携帯を買った方がいいのではと言われた。
それに、もしかすると今動かない携帯でも数日たって突然電源が入ることも稀にあるから、
保持して充電を差し込んでおきもし復旧したらすぐに店に行き、データを新しい端末に入れ直す
作業をする、という手順を踏むのがいいという。

ようするに
新規の契約をして、番号もメルアドも新しくし、ゼロからスタートしろってこと。

ってことで、悩む暇もなく、新規に買うという選択肢を選んだ。

スマフォだけには手を出さないと思っていたのに、様々なメーカーのを見せてもらっても、
どうもしっくりいかず結局iphoneに。
しかも4Sは売り切れ在庫なし、4だとかろうじてホワイトが一台あるといわれて、選ぶ暇なくそれ。

使いこなせるのか!!!??という疑念はとりあえず置いといて・・・


幸いに、母の携帯に友人数人の電話番号だけ入っていた。
これからぼちぼちとその友人たち伝いに連絡先を増やしていくことになるんだろう。


こーいうことってあるんだな。


でもなんだろうな、この感覚。
「なかなかの爽快感」があったりもして(笑)


ゼロっていう地点は、携帯であれなんであれそれなりの心地よさもついてくる。


面倒くさいインプット作業を除けば・・・・・


| Dairy Life -日々五感- | 01:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

有里さんライブ報告!

あ〜もう〜〜!!(笑)
最高に癒された2日間でした♪
感動あり
笑いあり
ふか〜い学びあり
あぁ生きてるってこれだから素晴らしい!!って
神様の存在をリアルに感じた時間でした。

8日のライブは11時から。
バタバタ準備し娘をつれて教会へ。
6年ぶりの有里さんとの再会だったけど有里さんちっとも変わってなぁい♪
っていうよりも、前よりもっと柔らかくなって透明度もアップしている感じ。

泣く準備なんて全くしてなかった。(って初めから泣く準備するってのも変やけど)
ところが、一曲目からなんでしょうこれ?ってくらいに出るわ出るわ、涙と鼻水の洪水に
自分がびっくり。
しかも全くとまらない。
有里さんの透明度の高い歌声がピシリピシリ、ジワリジワリ、と体中にまとわりついてくる感覚。
すっかり有里ワールド(笑)へいざなわれていました。
不思議なんだな
なんていうか・・・
特定のフレーズが来た来た!ってわけじゃく
あの有里さんの溢れる母性がふわりと包みんでくれるっていうか
ライブそれ自体がヒーリングになってるっていうか・・・
完全に喜びの涙だから、泣いた後が気持ちいいのなんのって・・・

途中娘がぐずつき、外に出ようとしているとスタッフの方が
「私がお嬢様をみておきますよ。せっかく久しぶりのライブなんでしょう。
私はもう何度も有里さんのライブに来ているから。」
と娘を連れてお散歩に出かけてくれ、それにも感動し、また涙。
なんてなんて優しいんだよ〜〜〜
うぉ〜とオオカミになって泣き叫びたい衝動(笑)

おかげ様でどっぷり有里さんの歌声に浸かることができ、前半ライブを堪能。

後半はもう娘がもたないと判断し、早目に退散したけれど、十二分に全身マッサージを受けたような
心地よさで帰りの足取りがとても軽いのにまたまた驚き。


その夜は有里さんは我が家泊。
(この日の夜の出来事がこれまた最高に面白いエピソードがあるのだけれど
それはまた後日書こう・・・)

翌日は踵屋敷ライブ

あの空間でどんなライブになるのか、車を走らせながらウキウキがとまらなかった。

総勢10名の贅沢なミニライブ

踵に集まったのは素敵な人々ばかり。

踵の空間と、有里さんの歌声と、集まった方々の空気感が絶妙にマッチして
異空間に一体感が創られた。

一曲目から前日の私のように涙を流す方々もいて

皆さんそれぞれに思い思いに有里ワールドへ・・・・・

ライブ後はティータイム

ジャスミンティとフルーツ、お客様から差し入れのマフィンを片手に有里さんを囲んで語らいの時間

最高でした・・・・♪

最高の秋の夜でした♪



参加してくださった皆様、改めてご来場ありがとうございました。

名ばかりの発起人ですが皆様と素敵な時間をシェアできてとても幸せでした。
(娘がぐずついてしまい皆さんの集中を欠いてしまったのではないか・・と申し訳なく思っています。)

最高の空間を提供してくださった踵屋敷主人、ありがとうございました。
やっぱり、あの空間は素晴らしいです!

そして・・・・

急な申し入れにも関わらず快くライブを引き受けて下さった吉本有里様に
心より御礼申し上げます。



人生ほんっと色々ありますが、色々あった分だけの幸せがちゃあんと用意されているんだと
ふか〜く実感した二日間でした。


そして、この二日間を通して私が学んだことは・・・

スピリチュアリティ=霊的な進歩っていうのは

人間として自立し成熟していくことそのものなのだということ・・・

個としての自分への絶対的な信頼、その軸から自然発生する他者への信頼・・・・

成熟した個と個が交わる時に波紋のように広がる至福の瞬間・・・・

そこに恐れは微々も入る余地がないということ・・・・


まだまだ人生半ばのピヨっこでありますが
ユバーバ&ゼニーバ、もとい、人生の先輩方の後姿から希望というメッセージを
ちゃあんと受け取っておりますぞよ(笑)


《みんなちがってみんないい》 金子みすゞ






| Music  | 23:29 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |

母、入院

11月3日文化の日
母を連れてお寺の行事へ行った。
母が車から降りて歩き始め数歩進んだ時、転倒した。

「痛い。痛い」と全く立てない様子。
急いで救急車を呼んだ。

診断の結果、大腿骨頸部骨折と判明。
そのまま入院、そして後日手術が決定した。

母は普段ワルファリンという血栓を溶かす薬を常用している為、すぐさま手術、というわけにはいかない。
出血多量になる恐れがあるからだ。
ワルファリンを一時止める必要がある。
手術は17日と決まった。

大腿骨頸部という場所は自然に任せておいても勝手に骨がくっついてくれない。
それだけ体重の負荷が大きい骨だからだ。
老人にとって大腿骨の骨折は致命傷となる。
そのまま寝たきりになる場合も多いし、一気に認知が進む事も多い。

母の場合、すでにかなり脳梗塞が脳内に広がっているのでなおのことだ。
手術し、リハビリをしても、血栓が頭にできてしまっては元も子もない。

ただ、その可能性は限りなくでかい。
そのまま施設に移動することも可能性として選択肢にいれておくことは
当然として受け入れおく必要がある。

入院してまだわずか数日しかたっていないがすでに認知が多少進んだように感じる。



入院したその日。

私は自分を責めた。

実は、私と母の関係は父の他界後からかなり変化していてぶつかることが増えていた。
それまでは父と母の間で中立の立場をとっていたはずの私だったのに、まるで父が乗り移ったかのように母に対して父と全く同じ反応をとってしまう。

なんで?
どうして?
を認知症の人間に問いかけることが
なんにもならないことは重々わかっているのに
母の態度をスルーできないもどかしさがあった。
なまじっか、母の認知症が軽度なもんだから
「もしかして本当はわかってんじゃないの?」
と下手に私が期待してしまうことが原因なのも
わかっていた。

母はそんな私に
「貴方は私から生まれた子供なのかしら?」
という始末だった。

毎日、毎日
「私なんてもう生きていたってしょうがない。」
「私は役ただずだから。」
「あゆちゃんの重荷になるくらいなら施設に入った方がいい。」

そう言っていたかと思うと

「この家は私の分身だから離れたくない。」
「別々に暮らすならここは私の家なんだから貴方がでていきなさいよ。」

と、全く逆の発言が飛び出す時もある。

どちらにせよ生きるという事に匙をなげ、すっかり鬱状態に入っていた。
母にとって父を失ったという事実は、母自身が認識している域を遥か超えて
母から《生きる》という選択を奪っているように見えた。

鬱の薬を飲んだ方がいいと、主治医の先生から神経内科の受診を勧められていた矢先だった。


私と娘
そして母

娘の生命力あふれ躍動している命の方向性と
母が望んでいる方向性は
ベクトルが真逆
けれど、私は母にもっと私と娘と共にこれからの人生を歩いていこうという
前向きな気持ちが欲しかった。
娘が生き生きとこれから人生を歩んでいくその道のりを、私と母と共に支えていきたいという
気持ちが強かった。

要するに、私はどーしたって娘中心にしか考えられなかったのだ。
母の立場にたったところから、生活を整えていくことが出来なかったのだ。

母の喪失感を、私が本当の意味で理解していたとは思えない。
私は私の立場からでしか理解していなかった。


そしてこの日の朝

私と母はまたぶつかった。

「もう離れて暮らそうか。お母さんがそっちがいいならもうそうしよう。」

施設に入りたいという母を引きとめることがもうできなくなっていた。



そんな最悪な関係性の状態のまま向かった先で起きた事故だった。


いつもと違う駐車場に誘導され、目の前の余りの急坂に驚き、これじゃ母は歩けないと
母を寺の裏門の入り口で降ろした。
「ここで待っとくんよ。車とめたらすぐ来るけんね。」
そう言って、車を発進させ、バックミラーで確認した時、転んだ母の姿が見えた。
母は歩いたのだ。私を待たずに・・・・
おそらく、私に負担をかけさせたくなくて、自分で歩こうと思ったのだろう。


ただ救いだったのは、母が頭から転ばなかったこと。
下り阪で頭からいかなかったのは奇跡だと思う。
私はそこに《父》を感じた。


結果、物理的に私と母はいっときの間別々に暮らすことになった。

病院からがらんとした家に帰ってきた瞬間、今まで味わったことのない孤独感を感じた。

悲しいというよりは恐ろしくて身震いがした。

いよいよ私には頼る身内が誰もいなくなってしまった。

もともと親類とよべる親戚がいない。
兄弟姉妹もいない。
父もいない。
そして、母もいない。

これまで兄弟姉妹がいないことで寂しさを感じたことはなかった。
それはまぎれもなく両親のおかげだったのだと身にしみた。
父の存在は余りにもでかかった。
なんだかんだいって私はいつも最終的に父に頼って生きていた。
なんだかんだいって、ぶつぶつ文句言いながらも父はいつも私の尻ぬぐいをしてくれていた。

親と距離を置いてきた20代だって、一人旅したって、結婚したって、
結局のところ、父と母がいる家が、私にとってのホームだった。

私はいっぱしに自立したつもりになっていただけで、実際全く自立なんてしていなかったのだと
父の他界後に思い知った。

父なくしては生きていけないのは母だけだと思い込んでいたが
私もどっぷり父依存症だったのだ。

この3カ月私は繰り返し母に言った。

「私達は自立しなきゃいけないんだよ。私達にはもう最後の砦がいなんだから。
一緒に頑張ろうよ。」

母に向かって言っていたけれど、私は自分に言いきかせていた。



孤独感に押しつぶされそうになった時、隣りで娘が笑っていた。

我にかえった瞬間だった。


「私には命に変えてでも守るべき存在がいる。孤独に慄いている場合じゃない。」


それに・・・・

もしかすると、この母と私の距離感は神様(いや、父かな・・・)がくれた時間なのかもしれない


母は今頑張っている。

病院に行くたびに溢れる涙をぬぐいながら
「ありがとう、来てくれて。ごめんね。無理しないでね。」
と言う。

「待ってるからね。あかねと二人で待ってるからね。」

ぎゅーっと母の手を握った時、はっとした。

この3カ月、こうやって母のぬくもりを肌で感じようとしていなかった私自身を。



謝るのは私の方だね・・・・


ごめんね、お母さん・・・。



| Family -家族の軌跡- | 22:42 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |

十ヶ月記録

111025_133719.jpg
十ヶ月がたった。
目まぐるしい成長についていくのに必死(笑)
ますます目が離せなくなりましたがその分可愛いさもヒートアップ中!
毎日「今日が一番可愛い!」と親バカっぷりも同時更新中!


《十ヶ月成長記録》

つかまり立ちからつたい歩き、そして数日前から数秒たっちしながら拍手ができるように。

掴み食べが好きになり団子状や掴める食べ物が大好きになる。

果物を口にすると酸っぱい顔をする。

マルモのDVDを流すとお尻フリフリして一生懸命リズムに乗って踊る。

《お母さんといっしょ》が始まるとテレビの前に釘付けで離れようとしない(笑)

バイバイと言うと手を振る動作をとるようになる。
(右手しか降らないとこを見るとどーやら右利きらしい)

やっとこさ下の歯二本、上の歯が一本生える。

乳が欲しい時「ンマンマ」と言う。

ストローよりもコップ飲みを要求する。

......................


娘の記録ではないけれど
十ヶ月過ぎてから、朝にヨガタイムが取れるようになった。
これは私的には驚きの変化。

妊娠中はもっぱらマタニティーヨガ。
産後すぐは全くできず、産後三ヶ月たった頃からぼちぼち一人ヨガを娘が寝た後、
午前中に娘とベビーヨガってのが限度。

それが、今は、
私がヨガしていても隣で一人でおもちゃでもくもくと遊んでいる。
時折乗っかってきたりはするけれどそれはそれで楽しくて一緒にヨガしてる感じがして
親としては堪らないひと時。
最後に合掌すると一緒に手を合わせる動作をしてくれたりしてこれまた心癒される時間。


助産婦さんから言われていた言葉を今朝思い出した。

「生まれるまでの十ヶ月と生まれてからの十ヶ月は一心同体だと思ってね。
生後十ヶ月間はお腹にいるのも同然に四六時中一緒に行動をともにしていると
十ヶ月過ぎてから自然に子供の方から離れていくからね。」

確かにそう。

これまでは離れたいって気すら湧かなかったし、それが余りに自然だった。
最近になって「一人の人間」っぽさが出てきて欲求や意思表示も強くなってきた。
子供広場なんかに行くと私から離れて一人でどこでも散策して
知らない人に抱っこをせがんでたりする(笑)
オイオイ、、、

疲れたり乳が欲しくなると「ンマンマ」と戻ってくる。

《行ったり来たり》の行動範囲がこうやって段々と広がって
後々の親離れに繋がっていくんだと思うと母ちゃん早速ちょっぴり切ない。

どれもこれも
あれもそれも
子育てって親育て

毎日思うが、今日も思う。

「子供ってこげん可愛いったい。」


| life with baby  -赤ちゃん日誌- | 22:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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