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時は今!
えらい早く目覚めたから久々に父からのメッセージを読み返した
父が他界して一年過ぎた頃、授乳中に突然くれたメッセージ、、
その時のわたしは兎に角毎日必死で、寝る前には必ず「今日も無事に過ぎた」と1日1日クリアすることで精一杯、、
そんな時にくれた言葉、、

死人からのメッセージ?なにそれ?
って思われる方もいるやろなあww
だって、わたしがそーだったからww
まさか、自分の父から、それもあの世からメッセージがくるなんて想像もしてなかった

それなのに、このメッセージが入ってきた時、そりゃそりゃリアルで、普通に父の声質だったから驚くより先に嬉しさが勝って、兎に角ただ忘れちゃいかんと書き綴った
涙がとまらんやった
授乳中だったもんで、不思議そうに吸い付く娘がこれまたたまらん気持ちにさせた

その日からこのメッセージは折々にわたしをわたしに立ち戻らせてくれるかけがえのない言葉になった

今日読んだ

また違う響きで胸を叩いた

んで、気がついた

この4年絶えず歌を口ずさんでくれたのは、ワタシではなく娘だったこと、、、

涙が溢れてとまらん


2011年10月13日

「あゆこ
人間の価値はエネルギーの大小じゃないぞ。
自分のエネルギーが心地よく周囲の人、物、自然と調和しているかどうかが一番大切なんだ。
調和するにはまず自分が発しているエネルギーを完全に信頼することだ。
そうすれば、いい音楽が奏でられる。
その音楽に共鳴して人や物は自然にひきつけあう。
調和、これが何より大切なんだ。
だから、いつも自分自身が調和しているかどうか、心地よいリズムを創っているかを意識しなさい。
もしリズムがとれていないと感じたら、好きな歌を口ずさみなさい。
歌なんて歌えないというきついときにこそ実行しなさい。

ここで気をつけてほしい事がある。
もし自分が奏でる音楽にどうしても合わない人や物を周囲に感じたら
たとえ、それが今までは合っていたものであっても
無理に合わせようとせずに、自分のリズムを保ちなさい。
物であるならば処分しなさい。
人ならば距離をおきなさい。

もう一度言う。
調和だぞ。

全てのものからエネルギーが発せられている。

それをもっと意識しろ。

そして慈しみなさい。」


昨日、草場さんの陶彩画を観にエルガーラへ足を運んだ


娘への誕生日プレゼントとして買った

《かがやいてる》

草場さんから頂いた娘へのメッセージ

《未来は希望にみちています》

そして釘付けになった

《時は今》



過去、現在、未来が溶け合う

時間軸を超えた《今》


合掌、、、

















| Phrases | 04:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Carpe Diem

Carpe diem  (カルペ・ディエム)

大好きな言葉です。

この言葉を知ったのは19歳の時。
不思議ととても鮮明に覚えています。

学生時代にとっても可愛い男友達がいました。
お世辞にも勉強ができるタイプではなくふらりと学校を休んでいなくなってしまう男の子で
周りがひやひやすることもしばしばありました。
本人はいつもケロリと戻ってきて、「こんなの見つけた!」と大好きな古着をそれは嬉しそうに
お披露目してくれて、結局みんなその笑顔を前に怒れない・・・
そんな憎めない男の子でした。

彼がある日目をキラキラさせて指にはめてる指輪を見せてくれました。
「ここに書いてある言葉知ってる?Carpe diem っていうんだ。《いまを生きる》っていう意味なんだぜ!俺、この言葉めちゃめちゃ大好きなんだ!」

それが、私がCarpe diem を知った日です。

この言葉を思い出す時、いつも一緒に彼のキラキラしたその瞬間の表情も頭に浮かびます。


先日、強烈にこの言葉を思い出しました。

先月から原因不明の腹痛が続いていて、婦人科や内科で診てもらったのですが、原因がわからず不安な日々を送っていました。
父は同じように初めに腹痛を訴え検査したら癌が発覚し、それからわずか一年で他界しました。
その経過を間近に見てきたので、どうしてもリンクしてしまいます。
これまで、《死》についてひたすら考え抜いたことが私の歴史の中にあり、《死》というものを怖れるという感情が私の中でとても希薄になっていた時期もありました。
けれど、こういう得体のしれない身体の不調に出くわした時、初めてありとあらゆる想定を頭の中で
シミュレーションしている自分に出会いました。
その想定の中の中心人物は私ではなく、二歳の娘。
彼女に母親がいなくなってしまったらどうなるだろう・・・とそれを考え出すととまらなくなりました。

母として、まだ何にも私は彼女に伝えられてない。
彼女に見せたいもの、彼女とやりたいこともまだまだたくさんある!

「彼女ともっともっと生きたい!!」

こんなに生きることを熱望したのはおそらく生まれて初めてです。

その日を境に、夜娘が寝静まってから瞑想の時間を持つようにしました。

瞑想を初めて2〜3日後だったかな、、、

19歳のときに出会った

Carpe Diem

この言葉が浮かびました。



瞑想後、自分に問いかけました。

「明日自分がこの世からいなくなるとしたら今日をどう生きたい?」

そう問うと、あらゆる事柄が次から次へと浮かんできます。

残されている時間が
「2日間だったら?」
「一週間だったら?」
「一ヶ月だったら?」
「一年だったら?」

スパンを伸ばしていくと、その問いへの答えも少しずつ変わっていきます。
面白いほど、次から次へとでてきます。

そして、ハタと気づいたんです。

こんな具合に命が有限と想定して生きていなかったことに。

そして、娘の存在が、こんなに私に生きる原動力を与えてくれてたことに。


そして、想定していくうちに不思議なことに、不安がすーーっと消えて行きました。

不安になる時間がとても無駄に思えたのです。

不安で心配気な母親の顔を《母の顔》として彼女に残すより、私の笑顔が彼女の人生の基盤の一つとなってもらったほうがずっといいに決まってます。

不安になっている暇があったら、彼女と一緒に笑っていたいし、ハグしていたい。


当たり前のことだけれども、命は誰でも皆平等に有限。

その有限の時間をどう生きるか。
残されている時間をどれだけ有効活用し命をフルに稼働させ、人様のお役にたてれるか。
それしか、ないんだと、今回の腹痛がそれを教えてくれました。

いまだ原因わからずで、これから色々と検査していくことになっているのですが、
ひとまず、自分がやりたいことがはっきりと見え、不安がなくなっただけ、ヨシと思っています。


先日、母との対峙をブログにアップしたのもそんないきさつからでした。
私の経験がだれか一人の目にでもとまり「自分だけじゃないんだ」と力になってくれれば・・
そんな願いを込めて、これからもブログを書いていこうと思っています。


Carpe Diem!!!


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| Phrases | 02:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
父からのメッセージ


つい一昨日、ベッドに寝転んで娘に授乳している時、
頭の中で父が突然話しかけてきた。

父が逝ってからこういう事が時折あるのだけれど、
これまではもっと父が世俗的(笑)というか、父らしい憎まれ口や、
父らしい照れや、そういう人間っぽいところが多かったのだけれど
今回はやたらと神っぽかった(笑)

それはまさしく私が見落としていたポイントだった。

「あゆこ、人間の価値はエネルギーの大小じゃないぞ。
自分のエネルギーが心地よく周囲の人、物、自然と調和しているかどうかが一番大切なんだ。
調和するにはまず自分が発しているエネルギーを完全に信頼することだ。
そうすれば、いい音楽が奏でられる。
その音楽に共鳴して人や物は自然にひきつけあう。
調和、これが何より大切なんだ。
だから、いつも自分自身が調和しているかどうか、心地よいリズムを創っているかを意識しなさい。
もしリズムがとれていないと感じたら、好きな歌を口ずさみなさい。
歌なんて歌えないというきついときにこそ実行しなさい。

ここで気をつけてほしい事がある。
もし自分が奏でる音楽にどうしても合わない人や物を周囲に感じたら
(たとえ、それが今までは合っていたものであってもだ)
無理に合わせようとせずに、自分のリズムを保ちなさい。
物であるならば処分しなさい。
人ならば距離をおきなさい。

もう一度言う。
調和だ。

全てのものからエネルギーが発せられている。

それをもっと意識しろ。

そして慈しみなさい。」


数年前、私はエネルギーに善し悪しをつけていた頃があった。
そして、エネルギーは善し悪しの二元性ではないことを知った。
頭ではわかったつもりでいたが、おそらくその時から、エネルギーの大小という二元性に
捉われていた自分を今回の父の言葉によって自覚させられた。



調和するということ

慈しむということ


それが深いところで響いた。



実は10月に入って、立て続けに私自身の根本体質を自覚させられる出来事が続いていた。
離婚したという事実に深い実感を持ち始めたのも10月に入ってからだ。
父が逝くまでの数カ月は、父との残り少ない日々を過ごすことが大切だったし、9月までは
あれやこれやと忙しかった。
それが10月に入りポンと空白が出来始めてやたらと寂しくなってきた。
去年の今頃を思い出したり、父の死を実感してたまらなくなったりした。

そしてこういう時に、私の「甘え」という根本体質が顔を出してきた。
シングルマザーになり、父が他界し、母にも頼れず、
神様はここまでして私に学びの場をくれているにも関わらず!だ。

起こる出来事、出来事が、それを気づかせてくれることばかりだった。

最終的にドカンときたのは、6年ぶりに車をぶつけてしまった数日前。
スーパー、区役所、銀行、郵便局・・・と娘を抱えてまわっていた日。

最後の郵便局でまたまた戸籍謄本が足りないといわれた。
今度は二度目に大阪に住んでいた時の分だという。

大宰府、岡山、大阪の分を取り寄せてこれで万全だと思っていた矢先だった。

「何回くればいいっちゅうねーーーん!!初めに言えよ〜〜〜!!」
怒りが沸々と湧きあがった。
怒りを越して涙がでてきた。

車に戻って娘をチャイルドシートに戻した途端、癇がついたように泣き始めた。

怒りと動揺と情けなさと様々な感情が混濁したが、とりあえずしっかり運転て帰ろうと気持ちを入れ替えた。
我が家の車庫について気持ちがほっとしたその瞬間、「ボン!」と音がした。
バックしている時に後方の電柱にぶつかったのだ。

幸い傷も見えない程度のものだったが、ぶつかった瞬間にぷつんと糸が切れた。

「も〜〜〜〜〜いやだ〜〜〜〜!!!!なんでこーなるとーーー?!!!!」

父の車を処分するまでの期間保管してもらい、先日帰って来たばかりの私の愛車。
まだ保険もきちんと譲渡が終わっていないこのタイミング・・・・。
ガミガミ怒鳴らりながらもサポートしてくれていたはずの父もおらず
母はただオロオロするばかりで
娘はギャン泣きしていて
ご飯の時間は迫っていて・・・・

「あゆこが落ち着かないと朱嶺も落ち着かんよ。こういう時こそ落ちつけよ。
余り凹まず気持ちを入れ替えろよ。」
と電話越しで元旦那に言われハタと気がついた。

そっか、泣こうがわめこうが何も変わらんったい!

怒るのも、そう
泣くのも、そう
叫ぶのも、そう

だれかがどーにかしてくれるかもっていう私の根本体質の表われにすぎないのだと気がついた。


父のメッセージを受け取った後、この出来事を振り返った。

問答無用

音楽なんて私の頭の中で全く奏でられてはいなかった。

リズムなんてものも意識すらしていなかった。

ただただ、こなさなければいけない予定をつくり、その予定通りに身体を動かしていただけだった。


調和からは程遠かったこの日の私。



すげーな、親父。
| Phrases | 01:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
名前は祈り



名前はその人のためだけに

用意された美しい祈り

若き日の父母が

子に込めた願い



幼きころ 毎日、毎日

数え切れないほどの

美しい祈りを授かった



祈りは身体の一部に変わり

その人となった



だから 心をこめて呼びかけたい

美しい祈りを



               《毛利 武》





泣き父の言葉で何を一番に思い出すか

それは何よりも

私を呼ぶ声です

それはとても鮮明でつい耳元で囁かれているよう

心から

名前は祈りだと

そう思います



素晴らしい名前を授けてくれてありがとう


大切に大切に

祈りで溢れたこの名前と共に

残りの人生を歩いていこうと思います



追記:

Sちゃん

誕生日おめでとう

Sちゃん&Yちゃんの姉妹に出会って名前を聞いた時

なんて素敵な名前なんだろうと

ちょっぴり羨ましく思ったほどです

Sちゃんの詩が

伸びやかに織られる日々でありますように・・・・


| Phrases | 21:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
世界中のお母さんへ
 

『今日』という詩~がんばり屋のお母さんたちへ



『今日』 (伊藤比呂美訳)


今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは
だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが
床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだとおもう

人に見られたら
なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだって。

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ。



(以下原文)
Today

Today I left some dishes dirty.
The bed got made about two-thirty.
The nappies soaked a little longer.
The odour got a little stronger.
The crumbs I spilt the day before
Were staring at me from the floor.
The art streaks on those window panes
Will still be there next time it rains.
For shame,oh lazy one you say
And "just what did you do today?".

I nursed a baby while she slept.
I held a toddler while he wept.
I played a game of hide'n'seek.
I squeezed a toy so it would squeak,
I pushed a swing,I sang a song,
I taught a child what's right and wrong.

What did I do this whole day though?
Not much that shows,I guess it's true.
Unless you think that what I've done
Might be important to someone
With bright blue eyes-soft blond hair,
If that is true,I've done my share.
| Phrases | 00:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
逆説の十カ条
 5〜6年前、この十カ条を冷蔵庫に貼って毎朝心の中で暗唱して外出していた。

前のブログにものせたよーな気がする。

今、また新しい。


【The Paradoxical Commandments】
            by Dr. Kent M. Keith

People are illogical, unreasonable, and self-centered.
Love them anyway.

If you do good, people will accuse you of
selfish ulterior motives.
Do good anyway.

If you are successful, you will win
false friends and true enemies.
Succeed anyway.

The good you do today will be forgotten tomorrow.
Do good anyway.

Honesty and frankness make you vulnerable.
Be honest and frank anyway.

The biggest men and women with the
biggest ideas can be shot down by the smallest
men and women with the smallest minds.
Think big anyway.

People favor underdogs but follow only top dogs.
Fight for a few underdogs anyway.

What you spend years building
may be destroyed overnight.
Build anyway.

People really need help but may
attack you if you do help them.
Help people anyway.

Give the world the best you have and
you'll get kicked in the teeth.
Give the world the best you have anyway.


『逆説の10カ条』
ケント・M・キース

人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
それでもなお、人を愛しなさい。

何か良いことをすれば
隠された利己的な動機があるはずだと
人に責められるだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

成功すれば
うその友だちと本物の敵を得ることになる。
それでもなお、成功しなさい。

今日の善行は
明日になれば忘れられてしまうだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

正直で率直なあり方は
あなたを無防備にするだろう。
それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。

最大の考えをもった最も大きな男女は
最小の心をもった最も小さな男女によって
撃ち落とされるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。

人は弱者をひいきにはするが
勝者の後にしかついていかない。
それでもなお、弱者のために戦いなさい。

何年もかけて築いたものが一夜にして
崩れ去るかもしれない。
それでもなお、築きあげなさい。

人が本当に助けを必要としていても
実際に助けの手を差し伸べると
攻撃されるかもしれない。
それでもなお、人を助けなさい。

世界のために最善を尽くしても
その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。
| Phrases | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スエットロッジの歌



地球の命はわたしの命

調和・平和・美・バランス

地球の足はわたしの足

調和・平和・美・バランス

地球のからだはわたしのからだ

調和・平和・美・バランス

地球の想いはわたしの想い

調和・平和・美・バランス

地球の言葉はわたしの言葉

調和・平和・美・バランス


《ナバホ族 スエットロッジの歌》



| Phrases | 14:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
子供達の命が教えてくれたこと
 「子供たちの『命』が教えてくれたこと」


私が小学校教師になって初めて受け持ったサヤカ。

彼女はクラスのリーダー的存在で、

卒業後も年に何度か会っていました。


ある日、二十三歳のサヤカは

久々に私に会いに来てくれました。


しかし、驚いたことにとても瘠(や)せていて、

手首にはリストカットの痕があるのです。


聞いてみると、彼女の周りで辛い出来事が相次ぎ、

それを自分の責任と思って苦しんでいる様子でした。


「なんてことをしたの」

私の一言にサヤカは一瞬ハッとした表情を浮かべました。

きっと痛いほど自分で理由が分かっていたのでしょう。

そのサヤカに私は言葉を続けました。


「サヤカ、命は一つしかないんだよ。

大切な一つなんだよ。頑張るんだよ。頑張らなきゃ」


「分かっているよ、先生。私、分かっている。頑張るよ」

そして別れ際、私はもう一度、言いました。


「サヤカ、頑張るんだよ」


数か月後、私の元に悲しい報せが届きました。


サヤカが大量の薬を服用して自らの命を絶ったというのです。

サヤカが最後に会った大人が私だったと聞いた時は

頭をハンマーで殴られたようでした。


彼女はきっと、自分を受け入れてもらいたくて

私に会いに来たに違いありません。


「よく頑張ってきたね」と、

ただただ黙って抱きしめてほしかったはずです。

にもかかわらず、私は

「頑張ろう」「命は一つしかない」という

教科書どおりの言葉を使っていたのです。



サヤカの死以来、


「自分は何を子供たちに話してきたのだろう」

「一人の子供が救えなくて、多くの子が救えるわけがない」

と自分を責めて責め続けました。

教師としてだけでなく人間として自信を失いかけていました。


どん底の私を救ってくれたのが

『107+1〜天国はつくるもの〜』(てんつくマン監督)

という一本の映画でした。
 ⇒ http://ameblo.jp/tentsuku-man/(てんつくマンさんのブログ)

描かれていたのは夢を追い求めて力強く生きる人たちの姿。

私は途中で涙が止まらなくなりました。


「もう一度夢を追いかけて生きてみたい」

という思いが湧き上がってきたのです。



映画の舞台となった小豆島には、

てんつくマンを中心に人々がともに学び合う場が実際にあると知った私は、

休みをとって約二週間、そこで生活しました。


雄大な自然と仲間の笑顔に包まれながら

一緒に夢を語り合う中で心が癒やされ、

人間の素晴らしさは肩書など目に見えるものでなく、

その人の人間力だと気づかされるようになりました。



私が六年三組の担任になったのは

小豆島から帰って間もなくのことです。


私はそれまで誰にも話さなかった

サヤカのことを初めてクラスのみんなに話し、

「先生は二度と子供たちに

サヤカのような思いをさせたくない」

と訴えました。


そして、何があっても

目の前の子供たちを信じ続けよう、愛し抜こう、

卒業式では三十二人全員をこの教室から

笑顔で卒業させようと堅く誓ったのです。


この年、受け持った一人にシュウがいます。

シュウは一年生から四年生まで辛いいじめに遭い、

五年生になると急に攻撃的になりました。


クラスメイトを叩く、殴る、暴言を浴びせかける……。

その行為は次第にエスカレートしていきました。


六年生になったシュウのイライラが募り始めたのは五月

体育会の練習が始まった頃からでした。


リレーで抜かれるだけで怒って砂を投げたりするのです。


みんなは「シュウを何とかしてください」と訴えます。


私も何度も話したり、怒ったり、褒めたり、

考えられる限りのあらゆる手を尽くしましたが駄目でした。

逆に蹴られ、唾や砂をかけて反抗されるばかりでした。


自宅に帰り、洋服の砂を払い落としながら、

それまで抑えていた涙が溢れました。


悔しくて、情けなくて大声で泣いた日のことをいまも覚えています。


その次の日、シュウは学校を休んでいました。

私はみんなに「ごめんなさい」と謝りました。

「先生はシュウもこの教室から

卒業させてあげたかったけど、

先生一人ではどうすることもできない。

でも、先生は諦めきれない。


人を信じること、人を好きになることを、

どうかみんなでシュウに教えてあげてほしい。

そのかわり先生はみんなを全力で守るから……」


私のその声にみんなは

「先生やろう。シュウがいたから

こんないいクラスになったと言えるように、一緒に頑張ろうよ」

と答えてくれました。


子供たちは大きく変わりました。

皆がシュウの行動を受け入れてくれるようになったのです。


叩かれてもジッと我慢し、叩こうとするシュウに

「怒っているんだね。でも人を叩いたらいかん」


と毅然と言い放つ子も出てきました。


その姿を見て私も命を懸けて

シュウにぶつかることを決意したのです。


ある時、シュウは私に、なぜ自分が

こんな態度をするようになったか分かるか、と質問してきたことがあります。

「分からない。何があったの」

沈黙の後、彼は言いました。

「俺は、俺は、ただ友達が欲しかっただけなんだ!」


そう言うと爪で床を引っ掻き大声で泣き始めたのです。


私はそんなシュウが愛おしくて、

いつまでもジッと抱きしめていました。


シュウが笑顔を見せ、みんなに心を開くようになったのは、それからです。


私はどんな子にも素晴らしい可能性があることを知っています。


教師に大切なのは、

可能性をどこまで信じ切れるかです。


信じ切っていれば子供たちは絶対に裏切ることはないのです。


それはサヤカが命を懸けて教えてくれたことでした。


だから私は亡くなったサヤカの分まで

人生を生きようと思っています。

♨♨♨♨♨♨♨♨♨

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ぜひ、主催してやって下さい。
| Phrases | 14:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
35年前の父の言葉
 今日我が家の写真の整理をしていたら、私の成長記録がでてきた。

赤ちゃんキューピーが表紙のピンクの細長い冊子。

パラパラとめくってみた。

母の愛に溢れた文章が並び、私の写真がところ狭しに貼り付けられてあった。


何故だか、私は最後のページからめくっていた。

初節句から、初めての誕生日、9が月、8ヶ月・・・・お宮参り・・・・

その時々の母の心境、私の成長に一喜一憂する母の想いがこの一冊に詰まっている。



私は2450グラムでこの世に生まれた。

それはそれはとても小さい赤ちゃんだった。

でもその小ささに似合わない大きなうぶ声をあげて誕生した、と書いてある。



「あなたが小さかったのはママのせいのようですね。
この世に出てきたあなたは生命力が強く、ぐんぐん大きく育ってくれました。」

「あなたは広島で生まれました。川の多いとてもきれいな街です。
同じアパートの木下さんはあゆこより15日遅れてあきこちゃんが生まれました。
近くのパン屋さんのおばちゃん、洋服やさん、花屋さん、
みんなみんなあゆこを可愛がってくださいます。」

「一歳の誕生パーティは大牟田のおばあちゃんの家で迎えました。
あなたは初めて歩いたのよ。
皆さんの拍手の中でネ。
お靴の中であんよが泳いでいるみたい。」

「2週間の大牟田の滞在。
おばあちゃんはあゆこを送っての駅で、電車の陰で泣いていました。」



私はなんてなんて幸せ者なんだろう。

私はどれほど愛されて育てられてきたんだろう。



最初のページにきた。


「命名」

「命名者」 
      父と母

「命名の由来」
      亜祐子の「亜」はアジアの「亜」で広く、大きいという意味である。
      そして、「祐」は、人に「親切にする」「人を助ける」という意味がある。
      どんな人でも誰にでも親切な思いやりのある人になるように・・・・・・
      
      又、真っ白なショートスカートがすごく似合いそうな名前である。



初めて、父の字が現れた。

筆圧の薄い流れるような少し乱暴な父の字。



涙がとまらんやないかい!!!(笑)




私は、父と母が望むような娘に成長したのだろうか?






年齢的に、白いショートスカートが似合う年頃ではなくなってしまった事が悔やまれる(笑)




| Phrases | 19:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
my favorite poem
 
笑うことは、馬鹿に思われるという危険を冒すこと

泣くことは、感傷的に思われるという危険を冒すこと

他者の手助けをすることは巻き込まれるという危険を冒すこと

感情を表すことは、真実の自分をさらす危険を冒すこと

みんなの前で自分の本当の夢や考えを言うことは彼らを失う危険を冒すこと

愛することは、相手から愛されない危険を冒すこと

生きることは、死ぬ危険を冒すこと

希望を持つことは失望の危険を冒すこと

試みることは失敗の危険を冒すこと



しかし、冒険はしなければならない

なぜなら人生における最も大きな危険は何も冒険しないことだから

冒険をしない人々は何もしないし、存在しないとおなじこと

彼らは苦しみと悲しみから逃れるかもしれない

しかし、彼らは学ぶことも、感じることも、成長することも、

愛することも、生きることもない

彼らは、自分の態度に縛られた奴隷である

彼らは自由を剥奪されている

冒険をする人だけが自由である

<作者 unknown>






冒険をすることによって、あなたは自分の足場をしばらく失う

冒険をしないことによって、あなたは自分の人生を失う

<哲学者 セーレン・キルケゴール>


| Phrases | 17:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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