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摂食障害

摂食障害

これは沢山の女性が抱える一つの現代が抱える病です。

以前ヨガを伝えていた時にこの摂食障害で悩んでいる方々に沢山出会いました。
けれど、正直その時、私はそのアドバイスとして的を得た言葉をかけることは出来ず、ありきたりの言葉しかお伝えすることが出来なかったことがずっと心に引っかかっていました。
なぜなら、私もその答えを求めていたから。

そう、私も摂食障害だったからです。

私は10代後半から20代後半まで波はありましたがずっとこの摂食障害に悩まされてきました。
10代後半は拒食、20代は過食、そして嘔吐を続けていました。

ヨガを本格的に始めてから『吐く』症状こそ治まりましたが、根本的にこの障害から解放されたかというとそうではなく、心の中では「食べたい」「吐きたい」と思ったことも多々あり、精神的にはずっと摂食障害だったのではないかと感じています。


今、私は完全にその障害から解放されました。
なんとなく治った・・・ではなく、治癒した瞬間があったのです。
まさしく《瞬間》でした。
「あ!!なぁんだ!」と腑に落ちた瞬間から、私は長年の苦しみと決別することができました。

私のこの経験がどの人にも応用が効くかどうかは全く見当がつきません。
けれど、少なからず何かのヒントになってくれればとてもうれしい・・・。
そんな希望を持ちつつ、私の治癒する過程を書いていこうと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
初めに、、、
私の摂食障害の歴史において、切っても切れない存在であるのが母です。
これまで前述してきた通り私と母の間には数々の問題が点在していましたが、この《摂食障害》という事柄を通して結ばれた私達母娘の絆の中にそれらの問題を解き明かす核が潜んでいました。
その核に出会ったことで、私自身の呪縛からだけでなく、母自身が抱えていた呪縛からも解放されることが出来ました。
それは、いってみれば、それまで作ってきた親子の関係性が崩れ、再構築し始めた瞬間でもありました。
ですから、私の摂食障害の治癒の過程には、さかのぼって母の歴史を見ていくことがとても重要な事柄でもありました。

これから書くことはもしかすると様々な反論を招くことになるかもしれません。
実際、これまでも「実の母親をそんなに悪く言う事はないのに」というご意見を頂いたこともありました。
そう言って下さる方のお気持ちがとっても嬉しく、有り難くその言葉を受けました。
なぜなら、私も母をとても愛しているからです。

摂食障害だけに関わらず、現代女性に多くみられるアダルトチルドレン、自律神経失調症、等の心の病は、実のところ親子関係を起因に発症している場合がとても多いのが事実です。
そして、そういう問題に関わっている方達はみな親を愛しすぎているために目をそらしその問題から抜け出せないケースが多いのです。
愛しすぎている・・というよりも、お互いに本物の《愛》というものを知らず、《愛》を束縛やコントロール、擁護することだと思い違いしたがために起こっている・・・・と言った方がいいのかもしれません。
こういう関係性に身を置いてきた方達は大概、他人に親を悪く言う事をとかく避けて、自分の身を砕いてでも守りたいと思ってきたのではないでしょうか・・・
私の場合、父の事はあーだこーだと他人によく文句を言ってきましたが、母の事となるとなぜか心の中に抱いていることと逆のことしか言えませんでした。
母について何かマイナスを言う事は、自分を傷つけることと同意でした。
言えたとしても、それはせいぜい5割で、残りの5割は秘め事だったのです。

そんな親子だからこそ、一見その根を探すのはとても難しくみえるのですが、いったんその根を探そうと決意さえしたら、意外にあちらこちらにその根を探すヒントが散らばっているのも親子だからこそ、なのかもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

母は私が物心ついた時から摂食障害でした。
というより、あれが《摂食障害》だったのだ、と言い切れるようになったのは、治癒が起こる瞬間後のことです。
3〜4歳の時、毎日夕飯の後欠かさずトイレにお湯の入ったやかんを持っていく姿を不思議に感じた時の風景を覚えているのですが、なぜか幼いながら触れてはいけないところなのだと解釈していたようです。
そこからもう少し成長して、明らかにそれが嘔吐しているのだと知った時、母がトイレにいっている隙にそっと父に尋ねたことがありましたが、父はとても分が悪そうに「お母さんは腎臓が悪いから吐かないとだめなんだ。」との答えがかえってきました。
その日から、「お母さんは病気だから吐かないとダメ」という刷り込みが私の心に植え付けられ、それを信じてきました。
母にその理由を直接問いただしたことはありません。
ともかく、幼少のころから、母が嘔吐する姿を当たり前として日常に刻みながら生活していた、ということになります。

母はとかく美的容姿にこだわる人でした。
10代から美人で有名で、今で言う「JJ」のようなファッション雑誌の読者モデルをしていましたから、とくに痩せた太ったという話題には敏感だったのだと思います。
「ちょっと太ったかしら?痩せなきゃ。」という母の口癖はいつしか私に「女性は太ったらいけないんだ。」と思い込ませる刷り込みに変化し、私も小学校3年生くらいからもうすでに痩せた太ったを気にする少女に自然になっていきました。
そんな私に父は「今はそんなこと気にするな。どんどん食べろ!」と心配して言うのですが、私はいつも心の中で「お母さんだっていつも気にしているのになんで私にしか言わないの?」と皮肉にしかとらないようになっていました。
一方母は、私が気にしていると、「それじゃあ、太らないメニューにしてあげるわ!」と小学校の時からダイエットメニューなんかを作ってくれるような人でした。
その当時はなんて優しい母なんだろうと本気で思っていました。

「女性は美しくないと!」という母に流れる強い感覚はそれはそれはパワフルでした。
当時では珍しいエステにも通っていましたし、今で言う軽い皺とりのようなプチ整形も果敢にチャレンジしていました。
私にとっても、美しい母は自慢でした。
母のように美しくなりたいと思い続けながら生きていました。
だからこそ、母のように美しく生まれてこなかった自分を僻み、母を羨ましくも思っていました。
高校生になり、ぷくぷく太りだした私はいよいよ真剣に悩み始めました。
母は「思春期なんだから仕方ないわよ。じきに痩せるから。」と言ってくれましたが、すでにその時には、母から受け継いだ刷り込みは私の一部となり、そんな言葉は慰めにもならず、ただただ痩せたいと思うのみ。
結果、炭水化物抜きという成長期にやってはいけないダイエット法を試し10キロほど痩せましたが、結局リバウンドで1年後には逆戻りどころかそれ以上に太る始末。
このころは、父と母の喧嘩も頻繁に起こるような状況になっていましたから、家から離れたい、母から離れたい、そんな感情も溢れていて、家族間の空気もピリピリしていました。
夜遊びを始めたのもこのころでしたから余計に家の空気は悪くなる一方・・・

そんなときに、母と大喧嘩が勃発。
きっかけはささいなことだっただと思います。
けれどどんどんエスカレート。
しまいには、
「お母さんは綺麗だからいいじゃない!洋服だってなんでも似合うような人には私の気持ちはわかんないんだよ。」
と、結局そういう類の内容にすり変わり、

そして、とうとう、母は禁断の言葉を私に投げかけます。

「あゆちゃんも吐いたら?」

衝撃でした。
母が吐くのは病気だから仕方ない・・・と思い込んでいた私に、母が嘔吐を勧めているわけです。頭の中は、??が飛び交いながらも、どこかで合点しているような、なんともいえない感覚だったのを覚えています。
残念ながら「何言ってんの〜〜〜(笑)」と笑い返せるほど、私自身全く自立していませんでした。
それどころか、この言葉で私はとても楽になったのです。
「これで、私はお母さんと同じように痩せられるんだ!」・・・と。
「もう悩まなくていいんだ・・・」
一瞬湧いた母への疑念はどこ吹く風で跡形もなく消え去り、母に有り難ささえ湧きました。
そして、同時に、これで母を守れる、とも感じていました。
長年、母が吐いている姿を見て当たり前と思っていてもそこに否定的な感情がなかったとは言いきれない自分にどこか母を裏切っているような後ろめたさがあったのです。
けれど、自分も吐けば、母と同罪・・・
これで私は母を裏切らずに済む・・・・

その日から、私の摂食障害がスタートしました。

摂食障害そのものについてはあまり語ることはありません。
いわゆる摂食障害です(笑)
徐々に痩せたい云々が理由というよりも、吐くことそのものが癖になり、
やめられなくなっていきました。

ヨガや玄米菜食を本格的に初めてからその癖そのものは影をひそめました。

けれど、私自身がよくわかっていました。
なにかのきっかけでまたスタートする程度でしかないこと。

なぜなら、そこにはまだ「吐きたい」という欲求が少なからずあったからです。
私の精神がちょっとでも不安定になったならば、またその癖は再開する。
そんな確信さえありました。

根本を突き止めたい。
そう思ったころは、母は脳梗塞を起こした後でしたし、母の状態をどう受け止めていくかで父とやたらに対決していた頃でもありました。
母の嘔吐癖は認知症になったと同時に消え、同時にあの強い美意識も消えていました。
モリモリと出されたご飯を残さず食べる母の姿に、父は喜んでいましたが、
私は取り残されたような寂しさが募っていました。
母の影響を浴びるほど浴びて成長してきた娘として、言うだけ言って、影響及ぼすだけ及ぼしておいて、勝手に自分はそこから出ていくんですか・・・?というやるせない想い。
突き止めたいと思えば思うほど、答えから遠ざかっていくような感覚、

結局月日は流れ、その瞬間が来たのは、父が他界し、母との対峙を始めてからでした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

治癒する過程でこういう感情を掘り起こす作業をする時、切なくなる時が多々あります。
その当時の自分を今の自分とは切り離して一人の少女として眺める作業というのは、無駄な感情(擁護や言い訳等・・)を排除してただ見つめていくので、その当時は気がつかなかった傷口があちらこちらに点在しているのがとてもよくわかるからです。
《私》の歴史を見るというより、《一人の少女》のドラマを映像として味わっていくという感覚です。
どうしてもそこに《自分》のエゴが介入すると、言い訳を言いたくなったり、誤魔化したくなったり、嫌な部分は飛ばしたくなったり・・・するものですが、この作業には言い訳は通用せず、ただありのままその当時のドラマを頭で再現することで、痛みと同時に癒しが発生してくれます。

私の場合、摂食障害を治癒する目的で、母との対峙を始めたわけではありません。
前述してきたように、父が他界し、認知症の母へのやりきれない苛立ちが先立ち、対峙せずには先に進めなくなったから始めたようなものです。
母になり、育児する上で知らず知らず娘に《刷り込み》をしながら育てている自分を客観的に眺めているうちに、私に刷り込まれた《呪縛》となっている思い込みは何だろう?と歴史を紐解きたくなったのですから、娘サマサマです。

そして、自分だけでなく、当時の母を眺める作業を通して、《私の母》というよりも、今の私と同じくらいの年齢の一人の新米ママの姿、母の定義を超えたところ、生々しく痛々しく、そして愛らしい一人の女性がそこにいました。

母も悩める一人の女性だったわけです。

「女性は美しくないと!」と母が掲げるスローガンの背後には、
「美しくないと愛されない・・」という母の寂しさが隠されていました。
そしてまたその背後には、生まれた時から父不在で、仕事に埋没する祖母からも十分に愛を受け取れず、愛に枯渇していた母の姿がみえました。
頼りだったのは自分の美貌。
これがあればどうにか世の中渡っていけるのではないか・・という盲信。
自分の美意識と美への探究が母を支えていました。
やっと巡り合えた男性(私の父)もこれまた父母不在の孤独男(笑)でこちらも愛の表現がどーも苦手ときたわけです・・・(笑)
母は完璧な主婦として懸命に父に尽くします。
家をピカピカに磨きこみ、夕飯は料亭のように仕込み、着物でお出迎え。
父もまたそんな母に懸命に尽くします。
お互い、与えることで相手から愛をもらおうと必死でした。

母の最大の人生の誤解は
幸せが自分の外側から訪れるものだという思い込みでした。

美しければ・・・・
痩せていれば・・・
家事をきちんとこなせば・・・
やりくり上手ならば・・・

「・・・ならば」幸せになるんじゃないか、愛されるんじゃないか、という母の中の刷り込みが母を苦しめていたのです。

愛が自分から発生するものだと、幸せは誰かから与えられるものではなく自分が作り出すものだと、母が腑に落としていれば、鬱病で苦しむこともなく、嘔吐癖を自らに嘘をつきながら続ける必要もなかったのではないか・・・

そんな母の葛藤、苦しみ、もがき、あらゆる想いがある瞬間、それこそ走馬灯のように頭の中で駆け巡りました。

娘に「吐いたら?」と言ってしまった時の、母のやるせない気持ちも・・・。

ごぉ〜〜〜っと母の感情が流れだしました。

そして、その時
「美しくないと幸せになれない。」
という私の中にしっかり根を張っていた刷り込みを発見したのです。

母を眺めることで心の深底に隠れていた小さな私を見たのです。

そこには、ぶるぶると震え怖がっている小さな少女がいました。
「太りたくない。太りたくない。」その少女の中から叫びが聞こえます。

涙が出ました。
とまりませんでした。
「あぁ・・・これ私なんだねぇ・・・。大丈夫。太っても幸せになれるから。
太ったら幸せになれないなんてただの刷り込みなのよ。もうそこからでてきていいよ。」

「ごめんねぇ・・・長い間解放させてあげれなくて・・・」

思わず声に出していたようで、娘が「ママ??」とこちらを見たのでハッとして我に帰りました。
台所で家事をしている最中のほんの数十秒の出来事だったようです(笑)

そう、これついこの間、去年の出来事なのです。

その言葉を言った瞬間、雑草を根こそぎひっこ抜いた時のような感触を味わいました。

あぁ・・・終わったなぁ・・・
長かったなぁ・・・・

これが正直な感想です・・・(笑)

18歳からかれこれ20年間、私の中に根付いていた可愛くて困りものの小さな私から
色々な感情を教えてもらったのも事実ですから、今となれば、「ありがとう」
しかありません。

《恐怖》《怖れ》っていうのは、ほんと手強い、ですね。

自分が恐れているものなんだろう?って探そうとすると隠れるんですね、奴らは(笑)

全く別の角度から眺めた時に、ふとした拍子にひょっこり現れる。

そういう意味でも、親との関係性、親との歴史をひも解くって言うのは、色んな収穫があるもんなんだと、今回しみじみ感じました。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私のこの経験が今摂食障害で悩んでる人達の助けになるかどうかはわかりません。

こういう問題は、安易に治癒するものだとも思いません。

なんせ20年間持ち続けていたんですから・・・!

けれど、私のように、ふとした拍子にふとしたきっかけで治癒することってあるんだってことをどこか心の片隅の空間にでもふわふわと浮かばせてもらえたらとてもうれしいです。

そして、悩んでいるのは貴方だけじゃないってことも(^_^)



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