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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>アルケミラの庭　-Garden of Archemilla-</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/" /><modified>2012-05-07T23:03:33+09:00</modified><tagline>アルケミラ・・・　レディースマントルの別名
　　意味　・・・　小さな魔法
　　語源　・・・　Archemy -錬金術-　　　　　　　
　　　　　　　
白雁は白くなるために
水浴びをする必要はありません

あなたも自分自身でいること以外に
何もする必要はありません
　　　　　　　　　　　　　　　老子
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</tagline><generator url="http://jugem.jp/">JUGEM</generator><entry><title>母退院</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=364" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=364</id><issued>2012-03-14T23:59:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:25:55Z</modified><created>2012-03-14T14:59:00Z</created><summary>11月から入院していた母が退院して5日が経過。ゆっくりではあるけれど、母と私、そして娘のそれぞれのリズムが整いはじめているところ。なんだかゆるーい感じの3世代女三人ライフのスタートしました(笑)ここに至るまでは、いやいやなかなか大変でした。二転三転、紆余曲折...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Family -家族の軌跡-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<P>11月から入院していた母が退院して5日が経過。<BR>ゆっくりではあるけれど、母と私、そして娘のそれぞれのリズムが整いはじめているところ。<BR>なんだかゆるーい感じの3世代女三人ライフのスタートしました(笑)<BR><BR>ここに至るまでは、いやいやなかなか大変でした。<BR>二転三転、紆余曲折、、、、(笑)ありましたぁ・・・。<BR><BR>この選択に至るまでの経緯をブログに長々書いていたんですが、疲れたのでやめちゃいました。<BR>とりあえず今日はそれをアップするよりも、経緯よりも今！っていう心境です。<BR><BR>どういう経緯にしろ、母が自宅に戻ってきたことで私達の生活はまた新しいページに移りました。<BR><BR>体力的にはきつく、精神的には穏やかだったこの4カ月は私にとってはとっても意味ある時間でした。<BR>父が逝った後の4か月とその後の4か月は面白いほど対照的でした。<BR>心の整理もつかぬままやることばかりが多くのしかかっていた最初の4か月間は、母へのいら立ちや<BR>不甲斐なさが募る一方で足止めを食らっていたような状況でしたが、その後の4か月間は自分がなすべきことへの覚悟をひとつひとつ行う時間が作れ心がすっきり整いました。<BR><BR>そして、これから・・・です。<BR>要介護２から要介護３に上がり、身体機能は低下しましたが、「自立歩行でトイレに行こう！」<BR>という目標はクリアしてくれましたから、四六時中つきっきりでないといけないという状況ではありませんし、食事も自分でできますから、自宅介護が十分できる範囲内です。<BR>昨日の事はもちろん、今朝食べたご飯も忘れてしまうので、そこらへんの認知度を私がどこまで<BR>母の立場に立って考えられるか・・・てのにかかってます。<BR>これからは週3日日中デイケアセンターへ行くことになりますし、月に2〜3度はショートスティを利用してお泊まりにも挑戦してもらうので、母にとってもチャレンジが続きます。<BR><BR>お互いのスペースを圧迫せずちょうどよい塩梅の地点を見つけていくことが、おそらくこれから先4か月間の目標です。<BR><BR>もちろん、今後も母に対してイライラしたり、モヤモヤしたり、「も〜〜〜っ！！！」っていう瞬間は度々訪れるはずですし、そのたびにそんな自分がいや〜になって、反省して、葛藤して・・・っていう事<BR>繰り返すのだと思います。<BR><BR>でも、それでよかろーもん！って思ってます。<BR><BR>人間だもの・・・です(笑)（つくづく都合のよい言葉です・・・・）<BR><BR>親の介護っていうのは、身近過ぎる人間相手なだけに葛藤ばかりです。<BR>介護士さんのよーに、いつも穏やか、いつも優しく、ってなわけにはいきません。<BR>結局そこには、それまでの親子のヒストリーが蓄積されているわけですから一筋縄じゃ<BR>いかないのは当たり前なんだと思います。<BR><BR>でも、極論、こーいう状況になっている目の前の現実ってのは、誰が作ったわけでもなく、<BR>誰のせいでもなく、自分が作った現実に他ならないわけですから、逃げるわけにもいきません。<BR><BR>逃げはしないけれども、ガチンコでがっぷり四つで向き合っちゃうってこともしない。<BR>葛藤があってもそれをそのまま保持しちゃう《葛藤保持力》を鍛えるにはもってこいの機会です(笑)<BR><BR>やっぱり、母は私の大切な家族。<BR>どんなに昔の事を覚えてなかろーと、昔の姿とまるで違おーと、私を産んでくれ、育ててくれた<BR>私のたった一人の母親。<BR>そして、強烈に私を映しだす合わせ鏡でもあります。<BR><BR>そして、現在、そんな2人の間を余りに上手に繋げてくれるのが娘です。<BR>娘の力は偉大です。<BR>私は、彼女を「世界一の介護士」と呼んでいます。<BR>彼女の笑顔で、母も私もどれだけパワーをもらっているか・・・・。<BR><BR>彼女にせがまれ、明日もママは歌って躍ります！(笑)<BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR></P>]]></content></entry><entry><title>この一年、そしてこれから・・・</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=363" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=363</id><issued>2012-03-07T14:49:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:40:56Z</modified><created>2012-03-07T05:49:00Z</created><summary>この家に帰ってきたのが一年前。離婚したのが9カ月前。父が逝ったのが7か月前。今、裏庭の梅の木は満開を過ぎ散り始めた。去年、父が「梅の花がきれいだぞ〜あかねくん、見えるかい？」と嬉しそうに娘に話しかけていたことを思いだし、目ん玉の裏がじじじと痛くなった。こ...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Dairy Life  -日々五感-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[この家に帰ってきたのが一年前。<BR><BR>離婚したのが9カ月前。<BR><BR>父が逝ったのが7か月前。<BR><BR>今、裏庭の梅の木は満開を過ぎ散り始めた。<BR><BR>去年、父が「梅の花がきれいだぞ〜あかねくん、見えるかい？」と嬉しそうに娘に話しかけていたことを思いだし、目ん玉の裏がじじじと痛くなった。<BR><BR>この1年、思い返すと本当に色々あった。<BR><BR>離婚を決意するまでの3カ月間は、今思い返すだけで吐き気が催されるほど悩みぬいた時間だった。<BR>自分の人生、娘の人生、彼の人生、たった一つの決断が全てを変えてしまうという恐ろしさ。<BR>同じレールに乗り同じ方向を見続ける誓いを交わした人間同士が別れるっていうのは、こんなに辛いもんなんだ、と思った。<BR>だからこそ今この瞬間にだけ目を向けることを決めた。<BR>今この瞬間に嘘をついていない決断が離婚ってことだった。<BR><BR>そんな辛い日々の中で、癌持ちで穏やかになった父との数カ月間の日々は<BR>おそらく一生鮮やかに私の瞼の裏に焼きつくであろう《愛》の時間だった。<BR>それまでの確執で出来たしこりが緩やかに溶けて、父の目をしっかりと見据えて<BR>語り合った日々だった。<BR><BR>父は私の悩み苦しむ姿を毎日毎日見ていた。<BR>見ていながら、父は離婚の件に関してはほとんど口をはさまなかった。<BR>けれど<BR><BR>「泣くな！笑え。お前は笑顔がいいんだ。」<BR>（が！ってつっこみどころです・・・(笑)）<BR><BR>「お前はもう大丈夫だから。」<BR><BR>《もう大丈夫》<BR>なんでだろなぁ？<BR>この言葉だけは頻繁に口にした。<BR>（もう、ってところがまたまたつっこみどころですが・・・(笑)）<BR><BR>余り父に褒められた記憶のない私だから、この言葉がなぜがやたらに嬉しかった。<BR>今この言葉は私の血となり肉となっている。<BR><BR>父の死はこれまで味わったことないあらゆる細胞の隙間が寒くなるような感覚を私の脳に植え付けた。<BR>それは言葉にすれば寂しさなんだと思うのだけれど、自分が知っている寂しさという感覚とは到底<BR>かけ離れていて今でもどー表現していいのかよくわからない。<BR><BR>それは決して苦悩から出る辛さではない。<BR>苦悩のはむしろ対極の辛さ。<BR><BR>とんでもなく寂しく切ない。<BR>だけれど、とんでもなく誇らしい父の生き様、死に様がもれなくセットでついてくるから、<BR>猛烈に父に会いたくなって思い切り涙を流してしまった後も、結局「ありがとね。」という言葉で<BR>父の遺影に向かって笑っている自分がいる。<BR><BR>そういえば、父の葬式以来、泣くことがめっきり減った。<BR><BR><BR>離婚、父の死、そして母の入院<BR><BR>この三つの出来事は、いやおうなく私の未熟さを浮き彫りにした。<BR>自分がいかに自立していない人間だったか、それを猛烈に見させられる日々が続いている。<BR>「ここまでならんとわからんかったんやな、、、、、私。」何度つぶやくことか。<BR>健全に、安全に、日々暮らしていくという事がこんなにも難しいとは・・・<BR>これまでどんだけ私が両親に頼り、元旦那に頼り、周囲の人々に頼った生活を送ってきたかを<BR>まざまざとめせつけられている。<BR><BR>ほんの瞬間、ほんのささいな出来事に「はっ」っとしてきづかされる。<BR><BR>あると思っていたおむつが切れた時<BR>庭の落ち葉が隣家の迷惑になった時<BR>娘を抱っこしながら靴ひもをようやく結んだあとに鍵をリビングに忘れた時<BR>頭ぼっさぼっさで授乳してるとき、宅急便のチャイムが鳴りやまない時<BR><BR>「ちょっととってくれん？」<BR>「ちょっとでてくれん？」<BR>「ちょっと買ってきてくれん？」<BR><BR>「ちょっと」「ちょっと」<BR>のこのフレーズを自分がどんだけ使っていたかって。<BR><BR>あんな不自由になった母に対してでさえ、ついつい「ちょっと」を使ってしまっていた私。<BR><BR>さすがに、1歳の娘に「ちょっと」は通用しない(笑)<BR><BR>そのたび自分の無自覚さに気がつく。<BR><BR>「ちょっと」を使うのって悪いことじゃない。<BR>人と人って助け合うのが当然だから。<BR>でもそれは、そこに感謝があれば、の話。<BR><BR>私の場合、「やってくれて当然」という気持ちが大大前提に頭にあったってことに気がついた。<BR>「やってくれなくて当然。」<BR>という概念が頭にまるでないもんだから、やってくれなかった時に<BR>腹立たしくなったり勝手にイライラしたりするのだ。<BR>つまりは相手に期待しすぎる傾向があるのだ。<BR><BR>けれどそもそも、一人ではどーしよーもないことなんてめったいにないもの。<BR><BR>誰のせいにも出来ず、誰に責任をなすりつけることも出来ないこの「ちょっと」が使えない状況。<BR>こうなってみて、実はほとんどの日常の出来事は人に頼るほどのことでもなかったことだったんだと気がつく。<BR><BR>おむつを買いに走ろうかと一瞬考えた時も、寝ている娘を置いてはいけない、うーんと考えていたら<BR>大量の布おむつの存在を思い出したし<BR>娘をおんぶ紐で背負って早朝掃除していたら、意外に清々しくていい一日が始まったし、<BR>米や野菜、重い犬猫フードなんかは配達お願いしたらいいわけだし、<BR>掃除機以外なら全く起きない娘のおかげで、家事全般は娘が寝た後やっちゃえば日中は娘にとことん付き合える。<BR><BR>こーいうごくごく当たり前のことを、やっと当たり前として受け入れるようになってきて<BR>周囲の方々に感謝が絶えなくなってきた。<BR><BR>これまでの人生、私はたくさんの方々と出会い、支えられて生きてきた。<BR>同時に、それに気がつかずたくさんの人達を無意識に傷つけ失望させてきた。<BR><BR>父から<BR>「あかねを授かったことはお前にとって本当の優しさを知る最大のチャンスなんだよ」<BR>と言われているように思う。<BR><BR>あかねを育て始めてしみじみ感じるのは<BR>私は両親からそれはそれは大切に丁寧に育ててもらっていたんだなぁってこと。<BR><BR>それはそれは愛をこめて・・・・<BR><BR><BR>父が逝った後、遺品整理していたら財布の中から出てきた天声人語の切り抜き。<BR><BR>それが今、強烈に私の胸に沁みる。<BR><BR>2011年元旦の新聞。<BR><BR>癌になって余命を感じ取っていた父が新聞からこの記事を切り抜き赤線を引いた、その時の<BR>父の心境に立つと、胸がつまる。<BR><BR>この切り抜きは私の宝物だ。<BR><BR>以下赤線の部分のみ抜粋<BR><BR><BR><STRONG>福島県で続く児童詩誌《青い窓》に小学5年の女の子の詩が載っていた。<BR><BR>〈あたたかいこたつ／家の家族は五人／五角のこたつならいいな／とおねえさん<BR>。／一番あとから入る／かあちゃんは／私と同じところ／わたしはやっぱり／四角でもいい。〉<BR><BR>母さんと肩を寄せ、並んで座る幸せと安心がほのぼのと伝わる。<BR>随分前に書かれたそうだ。<BR>詩誌を主宰していた故佐藤浩さんはこの詩に触発されて、自らもこんな一行の詩をつくった。<BR><BR>〈きゅうくつなしあわせを忘れていました〉<BR><BR>その窮屈を脱ぎ捨ててきたひずみが、この社会を苛んでいる。<BR>家族ならぬ「孤族」という小紙連載が、いたたまれぬ人間砂漠を報じている。<BR><BR>「孤」をのさばらせず、人肌の体温を世に取り戻す意思を、互いに持ち合いたいものだ。<BR><BR>人間通だった心理学者の故河合隼雄さんによれば、<BR><BR><FONT color=#ff0000>自立とは一人で生きることではない。<BR>まして孤立ではない。<BR>自立している人とは、適切な依存が出来て、そのことをよく自覚している人なのだという。<BR></FONT></STRONG><BR><BR>最後の節は、特に強く赤線が引かれてあり、父がこの部分に深く共鳴したことが伺えた。<BR><BR>父は私が河合隼雄氏を大好きだったことを知らない。<BR>どちらかといえば父はあの手の本が苦手だった。<BR>私が読む本にことごとく難癖をつけた。<BR>その父が、こういう言葉に赤線を引くのが娘としてはとても意外だった。<BR>だからこそ、父がこのとき、「命」という限りある存在の実像を肌で感じていたのだなぁと思う。<BR><BR><BR>身体はどんどん衰えて機能不全になろうと、人間の魂は、全く衰えること知らず、死ぬその直前まで<BR>《感動》を追い求めて変化し続ける、なんて素晴らしいんだろう・・・・。<BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR>]]></content></entry><entry><title>一歳二カ月〜♪</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=360" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=360</id><issued>2012-02-24T00:19:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:20:37Z</modified><created>2012-02-23T15:19:00Z</created><summary>更新してなかったなぁ・・・・この二カ月(笑)書きたくなかったわけでもないし、書く暇がないほど一分一秒を争う忙しさに飲まれていたわけでもないんですけどね・・・・タイミングが全く合わなかったこの二カ月。授乳中にはあれやこれやテーマやトピックが浮かんで「あ、こ...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>life with baby　 -赤ちゃん日誌-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[更新してなかったなぁ・・・・この二カ月(笑)<BR><BR>書きたくなかったわけでもないし、書く暇がないほど一分一秒を争う忙しさに飲まれていたわけでもないんですけどね・・・・<BR>タイミングが全く合わなかったこの二カ月。<BR><BR>授乳中にはあれやこれやテーマやトピックが浮かんで「あ、これ書こう！」「あ！あれも書きたい！」<BR>なんてちらりと頭に浮かんではいたんですが、授乳がいざ終わり「いまだ！！！」と<BR>洗濯・掃除・食事諸々の家事に一球入魂で（大袈裟やなぁ〜）集中している間に<BR>なにを書きたかったんだかすっかり忘れてしまうっていうのを繰り返しているうちに、日々の生活リズムからブログを書くって言う作業が抜け落ちてました。<BR><BR>娘が起きている間は娘の遊びに付き合ってるか、子育て広場、買い物、母の見舞いなんかで<BR>外出しているかって感じで、一日が瞬く間に過ぎていってます。<BR>正直なとこ、今は娘との時間が一番楽しく愉快で充実している時期なんでしょうね。<BR>何するにも可愛いし、日々成長目覚ましいので目はますます離せない。<BR>とにかく育児が楽しくてたまらん！！っていう現状です(笑)<BR>これも《イヤイヤ期》が始まるまでのほんの束の間の時間らしいのでその時間を<BR>今は目一杯味わい尽くしているってとこです。<BR><BR>娘も先日一歳二カ月を迎え、今は二本足で歩くことの楽しさに目覚め、家の中隅から隅まで<BR>探索しまくりの毎日です。<BR>↓これは節分の日のワンショット。<BR>恵方巻きにがっつく図。<BR>米が大好きな娘であります。<BR><IMG class=pict alt="" src="http://yogarhythm.img.jugem.jp/20120224_902685.jpg" width=335 height=448><BR><BR><BR>育児の面白さっていうのを考えた時に、毎度一番に思うのは、<BR>《人間の成長をもう一度味わえること》かなぁと思ってます。<BR>自分の赤ちゃんの時期っていうのは当たり前だけど全く覚えていないわけでしょう。<BR>初めて言葉を発したとか、歩いたとか、笑ったとか、しゃべったとか、そーいう赤子が人間に変化していく過程での出来事って、残念ながら周囲の人間しか知らないわけで、本人は写真で見て知っている程度のもの。<BR>記憶が蓄積されていくのはせいぜい３〜４歳からだし、それでもまだまだぽやんとしていて、7歳位からやっと《自分》っていう中心からの感覚で記憶が残っているような気がしているけれど、ひとつの生命の流れとしてどーやって人間が大人になっていくかってことを受け取っているわけではないでしょう。<BR><BR>よく父親から「お前は小さい頃、どこそこの誰誰さんにたいそう可愛がってもらった。覚えてないのか？」とか「お前は小さい頃こーだったんだ。あーだったんだ。覚えてるか？」って散々言われましたけど(笑)、「だ〜か〜ら、覚えてないっつーの！！」って。<BR>自分以外の事を話されているような感じでしたもん(笑)<BR>今は、そう言いたかった父の気持ちがわかりますけどね。<BR><BR>娘を育てながら、自分もこんな風に成長して、こんな仕草をして、こんな風に周囲の人間を魅了しながら(笑)たくましく生きていたんだなぁと、人間ってよくできてんなぁと、感心しきりの毎日です。<BR><BR>子育てって、おとながもう一度（記憶がないんだから正確には初めてかな・・）人間のスタート地点からの変化を逐一見ることができるまたとない機会なんだなぁとしみじみ思うわけです。<BR><BR>泣かれて、愚図られて、振り回されつつ、一瞬の笑顔でとろけて、成長の瞬間に出くわしてまたとろけて、泣かれて、愚図られて、、、、、と繰り返して、てんやわんや懸命に育てているうちにいつのまにか子供は大きくなって、自分は老けて・・・・(笑)<BR><BR>なんか上手く言えませんが、<BR>それでいいっちゃない？<BR>って感じな今です(笑)<BR><BR>ものすごーくざっくりですが。<BR><BR>このおおざっぱ感。<BR>近頃ハイスピードで駆け上がってます(笑)<BR><BR>子育て期の女性っていうのは、そーいう風にDNAが出来上がっているんでしょーか・・・・・<BR><BR><BR>それにしても可愛い。<BR>なんであげん可愛いかいな・・・。<BR><BR><BR>三つ子の魂百まで・・・・・なり。<BR><BR><BR><BR><BR>]]></content></entry><entry><title>一歳になりました♪</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=358" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=358</id><issued>2011-12-26T01:42:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:20:37Z</modified><created>2011-12-25T16:42:00Z</created><summary>娘が生まれて一年がたちました。祝！１歳！！！！！去年の今頃がついこの間のように思いだされます。痛かったなぁ〜とか寒かったなぁ〜とか(笑)あの日の感動はそりゃすごかったけれど、今、こうやって一歳をお祝い出来ていることの方が奇跡のように感じます。無事に、大き...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>life with baby　 -赤ちゃん日誌-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[娘が生まれて一年がたちました。<BR>祝！１歳！！！！！<BR><BR><IMG class=pict alt="" src="http://yogarhythm.img.jugem.jp/20111226_880556.jpg" width=335 height=448><BR><BR>去年の今頃がついこの間のように思いだされます。<BR><BR>痛かったなぁ〜とか<BR>寒かったなぁ〜とか(笑)<BR><BR>あの日の感動はそりゃすごかったけれど、<BR>今、こうやって一歳をお祝い出来ていることの方が奇跡のように感じます。<BR><BR>無事に、大きな事故もなく、健康に、<BR>こんな初心者マークバリバリのママのもとで<BR>一年を過ごしてくれたことに・・・・・<BR><BR>ありがとう・・・・<BR>よく、よく<BR>頑張ったね！<BR><BR>この新しい世界で新しい事ばかりを味わいながら<BR>ひとつひとつ手にとって<BR>ひとつひとつ嗅いで<BR>ひとつひとつ舐めて<BR><BR>これはなにかな？<BR>これはどんな味かな？<BR>これはどんな匂いかな？<BR>これはなにに使うのかな？<BR><BR>そうやって、この世のすべてのものにまっさらな瞳で<BR>なんの観念なくただただ好奇心の赴くがまま<BR>受け取る貴方から、ママはたくさんたくさん学びました。<BR><BR>貴方がでっかい産声をあげてすんごい勢いで産道を潜り抜けたのは<BR>ついこの間のようだけれど・・・・・・<BR><BR>この一年、色々あった・・・ね。<BR><BR>短いようで、長い、そんな一年だったね。<BR><BR>ママが流す涙、たくさん見せちゃったね。<BR><BR><BR>ママにとってこの一年は、生涯で最も涙を流した一年でした。<BR><BR>それは悲しみや切なさだけじゃなく<BR><BR>貴方の小さな成長のひとひらへの歓喜する涙も・・・・<BR><BR>初めて味わう涙の味を貴方が運んでくれました。<BR><BR><BR>ありがとう・・・・・<BR><BR><BR><BR>来年は、たくさんたくさん笑う、一年になりますように・・・・<BR><BR><BR><BR>生まれてくれて本当に本当に<BR><BR><BR><BR>ありがとう！！！！！！！<BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR>]]></content></entry><entry><title>発熱、その後</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=356" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=356</id><issued>2011-11-26T23:22:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:20:37Z</modified><created>2011-11-26T14:22:00Z</created><summary>ガクンと平熱に戻った話が前回。翌日おむつを取り替えようと隣りで眠る娘を見た瞬間！！！！！顔が赤い発疹で埋め尽くされていてびっくり仰天！よく見ると首、背中、お腹、お尻まで全身に広がっていた。しばし呆然としたが、すぐにこれが親子の第一関門だと言う「突発性発...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>life with baby　 -赤ちゃん日誌-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[ガクンと平熱に戻った話が前回。<BR><BR>翌日おむつを取り替えようと隣りで眠る娘を見た瞬間！！！！！<BR>顔が赤い発疹で埋め尽くされていてびっくり仰天！<BR><BR>よく見ると首、背中、お腹、お尻まで全身に広がっていた。<BR><BR>しばし呆然としたが、すぐにこれが親子の第一関門だと言う「突発性発疹だ」と気がついた。<BR><BR>突発性発疹はヒトヘルペス6型と7型があるらしく二度かかる子もいるみたいだが<BR>たいていは一度かかると免疫がつくらしい。<BR><BR>とりあえず、熱はないし、食欲も少し回復しているし、顔色も昨日よりもずっとよくなっているから、<BR>あとはこの発疹を出し切ればよし！<BR><BR>私も体質上これまで数知れず蕁麻疹や湿疹の類は経験しているけれど、こーいうのって<BR>出し切るまでが辛い。<BR>ムズムズ、イライラ、な〜んかスッキリしないモヤモヤが続く。<BR>痒みがあればなおのことそのイライラ感が増す。<BR>けれど、出し切った瞬間、スッキリ気分爽快になる。<BR>見た目は一番醜い時なのだが、実は身体の中は一番スッキリっていう状態になっているから面白い。<BR>周りが「かわいそ〜。大丈夫？」って思う時と、本当にきついときのタイムラグがある。<BR><BR><BR>今日の娘がまさにそれ。<BR>発疹がこれからピークになるっていう日。<BR>んなもんで、たいそうご機嫌斜め。<BR>熱も下がり昨日より身体が軽くなっているから動きたくてしょうがないみたいだが、<BR>なぁんかすっきりしないみたいでちょいちょい大泣きする。<BR>その大泣きごとにおっぱいを欲しがるのだけれど、本人はお腹いっぱいで本当はあまり<BR>飲めないし、おっぱいもそんなに立て続けに出ない(笑)<BR>飲めないのがまた腹立たしいようでまた泣く。<BR>本人は口にふくませるだけでいいみたいなのだが、ずっとそうやってるわけにもいかない。<BR><BR>おもちゃや音楽で気を引こうとしたがどれもあまり長続きしない。<BR><BR>ママの予定変更！<BR>やれることは後からやる！(笑)<BR><BR>結局今日もおっぱい頼みの一日となった。<BR><BR><BR><BR>↑・・・・とこれが四日前。途中で書いてそのまんまだった。<BR>発疹は丸3日出て、昨日さぁ〜っと引いてくれた。<BR>ほっと一安心。<BR><BR>私達親子の初めての発熱体験。<BR><BR>しょっぱなからウィルス性胃腸炎と突発性発疹の合併で、<BR>娘にはかなりきつい試練だったはず。<BR><BR>よく頑張った！！！！！<BR><BR><IMG class=pict alt="" src="http://yogarhythm.img.jugem.jp/20111201_870682.jpg" width=235 height=314><BR><BR>この笑顔をかーちゃんは待ってたぞ！！<BR><BR><BR>]]></content></entry><entry><title>初！発熱！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=355" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=355</id><issued>2011-11-25T22:41:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:20:37Z</modified><created>2011-11-25T13:41:00Z</created><summary>１１か月記念が過ぎた翌日から娘が発熱した。今日で四日が過ぎた。どーなることかと思ったが、今日の夕方からガクンと体温が下がってくれひとまず一安心。最高9度５分まで上がった時は、人間湯たんぽ状態の娘を抱っこしながらどーか体温が私に流れますようにと祈った。１...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>life with baby　 -赤ちゃん日誌-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[１１か月記念が過ぎた翌日から娘が発熱した。<BR>今日で四日が過ぎた。<BR>どーなることかと思ったが、今日の夕方からガクンと体温が下がってくれひとまず一安心。<BR>最高9度５分まで上がった時は、人間湯たんぽ状態の娘を抱っこしながらどーか体温が私に流れますようにと祈った。<BR><BR>１日目、なんか娘の様子がいつもと違うなぁと思っていたらピーピーと腹の音が聞こえ<BR>下痢がスタートし、頬が瞬く間に高揚し始めギャーギャー泣き始めた。<BR>そこから、片時も乳を離さない状態が始まった。<BR>こりゃ身動きとれんなぁ・・・<BR>・・・・・と思っていたら私もお腹がピーピー言い出して５分おきのトイレがスタート。<BR><BR>私がトイレ行ってる間狂ったように泣く娘の叫び声が背中に刺さり、<BR>「ごめんよーごめんよーかあちゃんも痛いんだよー待ってておくれ」<BR>と独り言を言いながらイソイソと用を足してそそくさと娘のもとに戻り乳をやる。<BR><BR>↑っていうサイクルをどれだけ繰り返しただろう・・・。<BR><BR>幸い私の下痢は１日目がピークだったから、あとの三日は娘に集中できた。<BR><BR>娘にとって初の高熱。<BR>ママにとっても初めての体験。<BR><BR>初心者マークをくっつけた私達親子の初の試練のように感じた。<BR><BR>食べ物は全て拒否。<BR>受け付けてくれたのは乳と葛湯だけ。<BR>葛湯に砂糖と塩を混ぜたお手軽ポカリをとにかくちびちびと飲ませ、<BR>あとは欲しがるだけ乳をあげた。<BR>テルミーも毎晩した。<BR>ホメオパシーは最初Acon.を飲ませたがあまり効かず Bell. で様子をみてから最終的に<BR>Chin.とFerr-p.に移った。<BR>（Chinは下痢の痛みに、Ferr−p.は熱にかなり効果があったように感じる。）<BR>私が脱水になっては元も子もないので、水分をこまめに補給した。<BR><BR>熱もきつそうだったが下痢が相当にひどかったから体力の消耗が激しそうで<BR>最初の二日間で随分を小さくなったように感じた。<BR>血色が悪くなりフラフラになりながらも、にこっと笑ってくれたりする時があって<BR>胸がぎゅーっと締め付けられるような気持ちになった。<BR>「笑うエネルギー治癒にまわさんね〜」と言いながらも<BR>その笑顔に私が励まされた。<BR><BR>助けられたのは<BR>先輩ママ友達のアドバイス<BR>生まれる前に買っておいた「子育てハッピーアドバイス小児科編」<BR>↑これはほんとーに心強い本！<BR>元旦那も心配して毎日電話をくれた。<BR>彼自身はなにかっていうとすぐに病院にかかる人だから(笑)「病院に早くいって！」と言われるかと思っていたが、「なるべくなら抗生物質等の薬は飲ませたくない」っていう私の気持ちを尊重してくれ、<BR>「乳飲んでるなら様子を見よう」と言ってくれたのでとても有り難かった。<BR><BR>考えられるのは<BR>突発性発疹、風邪、インフルエンザ、ウィルス性胃腸炎等など<BR><BR>はしか、風疹、おたふくなんかも考えられるけれど、私が下痢をしたってことでとりあえず却下。<BR><BR>どれにしても、特効薬なんてなく、出されても整腸剤、抗菌薬、お医者さんによっては抗生物質が<BR>処方される位。<BR>整腸剤は父が残してくれていたものが山ほどあったから、それを葛湯に溶かして飲ませた。<BR><BR>３日目の昨晩、いったん引いたと思った熱が夜中にまたぐおーんと上がった時、<BR>いよいよ病院に連れて行くべきか悩んだが、免疫、抵抗力が極端に下がっているこんな時期に<BR>病院に連れて行って他の病気を頂戴しかねないので、とりあえず乳をしっかり飲んでくれている間は<BR>脱水にはならないだろうと様子をみることにした。<BR><BR>明日も引き続き熱と下痢がひどいようなら病院に行こう！<BR><BR>そうきめて今日１日を過ごした。<BR><BR>今日は朝も昼も、おかゆを少し食べてくれた。<BR>NHK教育の大好きな番組「みぃつけた！」のオープニングが始まるとふらふらしながら踊った。<BR>顔色は相変わらず悪く唇の色も良くないが、昨日よりは随分と動きがいい。<BR>下痢の回数も減った。<BR><BR>そして、今<BR><BR>熱が全くない。<BR>平熱に戻ったのは４日ぶり。<BR><BR>とはいっても、また再発熱することもあるようだから油断は禁物だけど・・・。<BR><BR><BR><BR>ひとまず４日間を終えての感想<BR><BR><BR>「おっぱいはすごい！」<BR><BR><BR>これに尽きる！<BR><BR><BR>寺田先生の言葉が何回も頭の中でこだました。<BR><BR>「おっぱい飲んでる子は強いんよ！母乳育児は後々たくさんの恩恵があるとよ！」<BR><BR><BR>正直、泣き叫ばれながら口に含まれおっぱい噛まれ過ぎて乳首に血が滲み現在泣きそうな程<BR>痛い・・・・・・<BR><BR>が、しかし！<BR><BR>おっぱいなかったら・・・・・もっと辛かったはず！<BR><BR><BR>ありがとう・・・・<BR><BR><BR>おっぱい！！！！！<BR><BR><BR><BR>]]></content></entry><entry><title>母、手術後の経過</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=354" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=354</id><issued>2011-11-21T22:21:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:25:55Z</modified><created>2011-11-21T13:21:00Z</created><summary>手術が無事成功してから6日が経過。大腿骨頸部骨折の手術は、骨をごっそりと切除しチタンの代替骨を入れるというものだったのだが、手術はとてもうまくいき、回復もとても順調にいっている。次の日から早速リハビリが開始され（あまりの早さにちょっと驚いたが・・）今日...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Family -家族の軌跡-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[手術が無事成功してから6日が経過。<BR>大腿骨頸部骨折の手術は、骨をごっそりと切除しチタンの代替骨を入れるというものだったのだが、<BR>手術はとてもうまくいき、回復もとても順調にいっている。<BR>次の日から早速リハビリが開始され（あまりの早さにちょっと驚いたが・・）今日は尿の管が<BR>外された。<BR>来週には病院を移りそこから2カ月ほど入院する予定。<BR>痛みも随分と軽減されたらしく、毎日「痛い痛い」と泣いていた母も今日は笑みも浮かべて<BR>「痛みが和らいできた」と言葉を発してくれた。<BR>ほっと一安心といったところ。<BR><BR>ただ肉体的には順調な回復をしているのに反して、もともと脳梗塞をもっていただけあって<BR>心理的部分は回復どころかかなり後退してしまっている。<BR>まず言葉数が減った。<BR>今までは頓珍漢な答えであっても一応私の問いかけには何かしら答えてくれていたのだが、<BR>近頃は私の問いかけの意味がすっとわからないみたいで沈黙が続く。<BR>何度か聞くと<BR>「よくわからない。」<BR>と答える。<BR>意味がわからないのか、どー答えていいかがわからないのか、それも「わからない」らしい。<BR>おそらく脳の信号が休憩しているんだろう。<BR>寝たきりって言うのはこれが怖い。<BR>刺激がなく、身体を動かさず、単調な毎日を過ごすと健常者でも脳は衰えていくというから<BR>当たり前といっちゃ当たり前なのだろうが、<BR>こーいう下降線をたどることは予想の範疇だったとはいえ、なんとも苦い心持になる。<BR><BR>でも朱嶺の顔を見るのを毎日楽しみにしていてくれているようで、看護師さんにもよく孫の話を<BR>しているらしい。<BR>朱嶺がババの支えになってるのは嬉しい限り。<BR><BR>今後、母が家に戻れるか否かは、母のリハビリにかかっている。<BR>「自力でトイレに行けるか」<BR>ってところがポイント・<BR>いけない状態だと当然誰かのヘルプが必要になるのだけれど、<BR>ヘルパーさんに24時間いてもらうわけにもいかないし、<BR>以前のように私か父かどちらかが交代でサポートできる状態でもない。<BR>そうなると自力で出来るようになるまで入院するか、施設にいくか、、、、ということになる。<BR>母を施設に入れることにずっと抵抗していた私だったけれど、ここにきてやっと、<BR>そういう選択も場合によっては受け入れないといけないのかもしれないと思うようになってきた。<BR><BR>あまり先々のことに思いめぐらして心配してもどーしよーもない。<BR>今は、母がリハビリを頑張って家に戻ってくれることを祈るしかない。<BR><BR>今年もあと一ヶ月半。<BR><BR>やれることをただやろう・・・・<BR><BR><BR><BR>]]></content></entry><entry><title>有里さんライブ報告！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=350" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=350</id><issued>2011-11-10T23:29:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:41:11Z</modified><created>2011-11-10T14:29:00Z</created><summary>あ〜もう〜〜！！(笑)最高に癒された2日間でした♪感動あり笑いありふか〜い学びありあぁ生きてるってこれだから素晴らしい！！って神様の存在をリアルに感じた時間でした。8日のライブは11時から。バタバタ準備し娘をつれて教会へ。6年ぶりの有里さんとの再会だったけど有...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Music　</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[あ〜もう〜〜！！(笑)<BR>最高に癒された2日間でした♪<BR>感動あり<BR>笑いあり<BR>ふか〜い学びあり<BR>あぁ生きてるってこれだから素晴らしい！！って<BR>神様の存在をリアルに感じた時間でした。<BR><BR>8日のライブは11時から。<BR>バタバタ準備し娘をつれて教会へ。<BR>6年ぶりの有里さんとの再会だったけど有里さんちっとも変わってなぁい♪<BR>っていうよりも、前よりもっと柔らかくなって透明度もアップしている感じ。<BR><BR>泣く準備なんて全くしてなかった。（って初めから泣く準備するってのも変やけど）<BR>ところが、一曲目からなんでしょうこれ？ってくらいに出るわ出るわ、涙と鼻水の洪水に<BR>自分がびっくり。<BR>しかも全くとまらない。<BR>有里さんの透明度の高い歌声がピシリピシリ、ジワリジワリ、と体中にまとわりついてくる感覚。<BR>すっかり有里ワールド(笑)へいざなわれていました。<BR>不思議なんだな<BR>なんていうか・・・<BR>特定のフレーズが来た来た！ってわけじゃく<BR>あの有里さんの溢れる母性がふわりと包みんでくれるっていうか<BR>ライブそれ自体がヒーリングになってるっていうか・・・<BR>完全に喜びの涙だから、泣いた後が気持ちいいのなんのって・・・<BR><BR>途中娘がぐずつき、外に出ようとしているとスタッフの方が<BR>「私がお嬢様をみておきますよ。せっかく久しぶりのライブなんでしょう。<BR>私はもう何度も有里さんのライブに来ているから。」<BR>と娘を連れてお散歩に出かけてくれ、それにも感動し、また涙。<BR>なんてなんて優しいんだよ〜〜〜<BR>うぉ〜とオオカミになって泣き叫びたい衝動(笑)<BR><BR>おかげ様でどっぷり有里さんの歌声に浸かることができ、前半ライブを堪能。<BR><BR>後半はもう娘がもたないと判断し、早目に退散したけれど、十二分に全身マッサージを受けたような<BR>心地よさで帰りの足取りがとても軽いのにまたまた驚き。<BR><BR><BR>その夜は有里さんは我が家泊。<BR>（この日の夜の出来事がこれまた最高に面白いエピソードがあるのだけれど<BR>それはまた後日書こう・・・）<BR><BR>翌日は踵屋敷ライブ<BR><BR>あの空間でどんなライブになるのか、車を走らせながらウキウキがとまらなかった。<BR><BR>総勢10名の贅沢なミニライブ<BR><BR>踵に集まったのは素敵な人々ばかり。<BR><BR>踵の空間と、有里さんの歌声と、集まった方々の空気感が絶妙にマッチして<BR>異空間に一体感が創られた。<BR><BR>一曲目から前日の私のように涙を流す方々もいて<BR><BR>皆さんそれぞれに思い思いに有里ワールドへ・・・・・<BR><BR>ライブ後はティータイム<BR><BR>ジャスミンティとフルーツ、お客様から差し入れのマフィンを片手に有里さんを囲んで語らいの時間<BR><BR>最高でした・・・・♪<BR><BR>最高の秋の夜でした♪<BR><BR><BR><BR>参加してくださった皆様、改めてご来場ありがとうございました。<BR><BR>名ばかりの発起人ですが皆様と素敵な時間をシェアできてとても幸せでした。<BR>（娘がぐずついてしまい皆さんの集中を欠いてしまったのではないか・・と申し訳なく思っています。）<BR><BR>最高の空間を提供してくださった踵屋敷主人、ありがとうございました。<BR>やっぱり、あの空間は素晴らしいです！<BR><BR>そして・・・・<BR><BR>急な申し入れにも関わらず快くライブを引き受けて下さった吉本有里様に<BR>心より御礼申し上げます。<BR><BR><BR><BR>人生ほんっと色々ありますが、色々あった分だけの幸せがちゃあんと用意されているんだと<BR>ふか〜く実感した二日間でした。<BR><BR><BR>そして、この二日間を通して私が学んだことは・・・<BR><BR>スピリチュアリティ=霊的な進歩っていうのは<BR><BR>人間として自立し成熟していくことそのものなのだということ・・・<BR><BR>個としての自分への絶対的な信頼、その軸から自然発生する他者への信頼・・・・<BR><BR>成熟した個と個が交わる時に波紋のように広がる至福の瞬間・・・・<BR><BR>そこに恐れは微々も入る余地がないということ・・・・<BR><BR><BR>まだまだ人生半ばのピヨっこでありますが<BR><STRIKE>ユバーバ＆ゼニーバ</STRIKE>、もとい、人生の先輩方の後姿から希望というメッセージを<BR>ちゃあんと受け取っておりますぞよ(笑)<BR><BR><BR>《みんなちがってみんないい》　金子みすゞ<BR><BR><BR><BR><BR><BR><BR>]]></content></entry><entry><title>母、入院</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=349" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=349</id><issued>2011-11-08T22:42:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:25:55Z</modified><created>2011-11-08T13:42:00Z</created><summary>11月3日文化の日母を連れてお寺の行事へ行った。母が車から降りて歩き始め数歩進んだ時、転倒した。「痛い。痛い」と全く立てない様子。急いで救急車を呼んだ。診断の結果、大腿骨頸部骨折と判明。そのまま入院、そして後日手術が決定した。母は普段ワルファリンという血...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Family -家族の軌跡-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<P>11月3日文化の日<BR>母を連れてお寺の行事へ行った。<BR>母が車から降りて歩き始め数歩進んだ時、転倒した。<BR><BR>「痛い。痛い」と全く立てない様子。<BR>急いで救急車を呼んだ。<BR><BR>診断の結果、大腿骨頸部骨折と判明。<BR>そのまま入院、そして後日手術が決定した。<BR><BR>母は普段ワルファリンという血栓を溶かす薬を常用している為、すぐさま手術、というわけにはいかない。<BR>出血多量になる恐れがあるからだ。<BR>ワルファリンを一時止める必要がある。<BR>手術は17日と決まった。<BR><BR>大腿骨頸部という場所は自然に任せておいても勝手に骨がくっついてくれない。<BR>それだけ体重の負荷が大きい骨だからだ。<BR>老人にとって大腿骨の骨折は致命傷となる。<BR>そのまま寝たきりになる場合も多いし、一気に認知が進む事も多い。<BR><BR>母の場合、すでにかなり脳梗塞が脳内に広がっているのでなおのことだ。<BR>手術し、リハビリをしても、血栓が頭にできてしまっては元も子もない。<BR><BR>ただ、その可能性は限りなくでかい。<BR>そのまま施設に移動することも可能性として選択肢にいれておくことは<BR>当然として受け入れおく必要がある。<BR><BR>入院してまだわずか数日しかたっていないがすでに認知が多少進んだように感じる。<BR><BR><BR><BR>入院したその日。<BR><BR>私は自分を責めた。<BR><BR>実は、私と母の関係は父の他界後からかなり変化していてぶつかることが増えていた。<BR>それまでは父と母の間で中立の立場をとっていたはずの私だったのに、まるで父が乗り移ったかのように母に対して父と全く同じ反応をとってしまう。<BR><BR>なんで？<BR>どうして？<BR>を認知症の人間に問いかけることが<BR>なんにもならないことは重々わかっているのに<BR>母の態度をスルーできないもどかしさがあった。<BR>なまじっか、母の認知症が軽度なもんだから<BR>「もしかして本当はわかってんじゃないの？」<BR>と下手に私が期待してしまうことが原因なのも<BR>わかっていた。<BR><BR>母はそんな私に<BR>「貴方は私から生まれた子供なのかしら？」<BR>という始末だった。<BR><BR>毎日、毎日<BR>「私なんてもう生きていたってしょうがない。」<BR>「私は役ただずだから。」<BR>「あゆちゃんの重荷になるくらいなら施設に入った方がいい。」<BR><BR>そう言っていたかと思うと<BR><BR>「この家は私の分身だから離れたくない。」<BR>「別々に暮らすならここは私の家なんだから貴方がでていきなさいよ。」<BR><BR>と、全く逆の発言が飛び出す時もある。<BR><BR>どちらにせよ生きるという事に匙をなげ、すっかり鬱状態に入っていた。<BR>母にとって父を失ったという事実は、母自身が認識している域を遥か超えて<BR>母から《生きる》という選択を奪っているように見えた。<BR><BR>鬱の薬を飲んだ方がいいと、主治医の先生から神経内科の受診を勧められていた矢先だった。<BR><BR><BR>私と娘<BR>そして母<BR><BR>娘の生命力あふれ躍動している命の方向性と<BR>母が望んでいる方向性は<BR>ベクトルが真逆<BR>けれど、私は母にもっと私と娘と共にこれからの人生を歩いていこうという<BR>前向きな気持ちが欲しかった。<BR>娘が生き生きとこれから人生を歩んでいくその道のりを、私と母と共に支えていきたいという<BR>気持ちが強かった。<BR><BR>要するに、私はどーしたって娘中心にしか考えられなかったのだ。<BR>母の立場にたったところから、生活を整えていくことが出来なかったのだ。<BR><BR>母の喪失感を、私が本当の意味で理解していたとは思えない。<BR>私は私の立場からでしか理解していなかった。<BR><BR><BR>そしてこの日の朝<BR><BR>私と母はまたぶつかった。<BR><BR>「もう離れて暮らそうか。お母さんがそっちがいいならもうそうしよう。」<BR><BR>施設に入りたいという母を引きとめることがもうできなくなっていた。<BR><BR><BR><BR>そんな最悪な関係性の状態のまま向かった先で起きた事故だった。<BR><BR><BR>いつもと違う駐車場に誘導され、目の前の余りの急坂に驚き、これじゃ母は歩けないと<BR>母を寺の裏門の入り口で降ろした。<BR>「ここで待っとくんよ。車とめたらすぐ来るけんね。」<BR>そう言って、車を発進させ、バックミラーで確認した時、転んだ母の姿が見えた。<BR>母は歩いたのだ。私を待たずに・・・・<BR>おそらく、私に負担をかけさせたくなくて、自分で歩こうと思ったのだろう。<BR><BR><BR>ただ救いだったのは、母が頭から転ばなかったこと。<BR>下り阪で頭からいかなかったのは奇跡だと思う。<BR>私はそこに《父》を感じた。<BR><BR><BR>結果、物理的に私と母はいっときの間別々に暮らすことになった。<BR><BR>病院からがらんとした家に帰ってきた瞬間、今まで味わったことのない孤独感を感じた。<BR><BR>悲しいというよりは恐ろしくて身震いがした。<BR><BR>いよいよ私には頼る身内が誰もいなくなってしまった。<BR><BR>もともと親類とよべる親戚がいない。<BR>兄弟姉妹もいない。<BR>父もいない。<BR>そして、母もいない。<BR><BR>これまで兄弟姉妹がいないことで寂しさを感じたことはなかった。<BR>それはまぎれもなく両親のおかげだったのだと身にしみた。<BR>父の存在は余りにもでかかった。<BR>なんだかんだいって私はいつも最終的に父に頼って生きていた。<BR>なんだかんだいって、ぶつぶつ文句言いながらも父はいつも私の尻ぬぐいをしてくれていた。<BR><BR>親と距離を置いてきた20代だって、一人旅したって、結婚したって、<BR>結局のところ、父と母がいる家が、私にとってのホームだった。<BR><BR>私はいっぱしに自立したつもりになっていただけで、実際全く自立なんてしていなかったのだと<BR>父の他界後に思い知った。<BR><BR>父なくしては生きていけないのは母だけだと思い込んでいたが<BR>私もどっぷり父依存症だったのだ。<BR><BR>この3カ月私は繰り返し母に言った。<BR><BR>「私達は自立しなきゃいけないんだよ。私達にはもう最後の砦がいなんだから。<BR>一緒に頑張ろうよ。」<BR><BR>母に向かって言っていたけれど、私は自分に言いきかせていた。<BR><BR><BR><BR>孤独感に押しつぶされそうになった時、隣りで娘が笑っていた。<BR><BR>我にかえった瞬間だった。<BR><BR><BR>「私には命に変えてでも守るべき存在がいる。孤独に慄いている場合じゃない。」<BR><BR><BR>それに・・・・<BR><BR>もしかすると、この母と私の距離感は神様（いや、父かな・・・）がくれた時間なのかもしれない<BR><BR><BR>母は今頑張っている。<BR><BR>病院に行くたびに溢れる涙をぬぐいながら<BR>「ありがとう、来てくれて。ごめんね。無理しないでね。」<BR>と言う。<BR><BR>「待ってるからね。あかねと二人で待ってるからね。」<BR><BR>ぎゅーっと母の手を握った時、はっとした。<BR><BR>この3カ月、こうやって母のぬくもりを肌で感じようとしていなかった私自身を。<BR><BR><BR><BR>謝るのは私の方だね・・・・<BR><BR><BR>ごめんね、お母さん・・・。<BR><BR><BR><BR></P>]]></content></entry><entry><title>十ヶ月記録</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=348" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=348</id><issued>2011-10-28T22:01:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:20:37Z</modified><created>2011-10-28T13:01:00Z</created><summary>十ヶ月がたった。目まぐるしい成長についていくのに必死（笑）ますます目が離せなくなりましたがその分可愛いさもヒートアップ中！毎日「今日が一番可愛い！」と親バカっぷりも同時更新中！《十ヶ月成長記録》つかまり立ちからつたい歩き、そして数日前から数秒たっちしな...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>life with baby　 -赤ちゃん日誌-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<IMG class=pict alt=111025_133719.jpg src="http://yogarhythm.img.jugem.jp/20111028_856466.jpg" width=240 height=320><BR>十ヶ月がたった。<BR>目まぐるしい成長についていくのに必死（笑）<BR>ますます目が離せなくなりましたがその分可愛いさもヒートアップ中！<BR>毎日「今日が一番可愛い！」と親バカっぷりも同時更新中！<BR><BR><BR>《十ヶ月成長記録》<BR><BR>つかまり立ちからつたい歩き、そして数日前から数秒たっちしながら拍手ができるように。<BR><BR>掴み食べが好きになり団子状や掴める食べ物が大好きになる。<BR><BR>果物を口にすると酸っぱい顔をする。<BR><BR>マルモのＤＶＤを流すとお尻フリフリして一生懸命リズムに乗って踊る。<BR><BR>《お母さんといっしょ》が始まるとテレビの前に釘付けで離れようとしない（笑）<BR><BR>バイバイと言うと手を振る動作をとるようになる。<BR>（右手しか降らないとこを見るとどーやら右利きらしい）<BR><BR>やっとこさ下の歯二本、上の歯が一本生える。<BR><BR>乳が欲しい時「ンマンマ」と言う。<BR><BR>ストローよりもコップ飲みを要求する。<BR><BR>．．．．．．．．．．．．．．．．．．．．．．<BR><BR><BR>娘の記録ではないけれど<BR>十ヶ月過ぎてから、朝にヨガタイムが取れるようになった。<BR>これは私的には驚きの変化。<BR><BR>妊娠中はもっぱらマタニティーヨガ。<BR>産後すぐは全くできず、産後三ヶ月たった頃からぼちぼち一人ヨガを娘が寝た後、<BR>午前中に娘とベビーヨガってのが限度。<BR><BR>それが、今は、<BR>私がヨガしていても隣で一人でおもちゃでもくもくと遊んでいる。<BR>時折乗っかってきたりはするけれどそれはそれで楽しくて一緒にヨガしてる感じがして<BR>親としては堪らないひと時。<BR>最後に合掌すると一緒に手を合わせる動作をしてくれたりしてこれまた心癒される時間。<BR><BR><BR>助産婦さんから言われていた言葉を今朝思い出した。<BR><BR>「生まれるまでの十ヶ月と生まれてからの十ヶ月は一心同体だと思ってね。<BR>生後十ヶ月間はお腹にいるのも同然に四六時中一緒に行動をともにしていると<BR>十ヶ月過ぎてから自然に子供の方から離れていくからね。」<BR><BR>確かにそう。<BR><BR>これまでは離れたいって気すら湧かなかったし、それが余りに自然だった。<BR>最近になって「一人の人間」っぽさが出てきて欲求や意思表示も強くなってきた。<BR>子供広場なんかに行くと私から離れて一人でどこでも散策して<BR>知らない人に抱っこをせがんでたりする（笑）<BR>オイオイ、、、<BR><BR>疲れたり乳が欲しくなると「ンマンマ」と戻ってくる。<BR><BR>《行ったり来たり》の行動範囲がこうやって段々と広がって<BR>後々の親離れに繋がっていくんだと思うと母ちゃん早速ちょっぴり切ない。<BR><BR>どれもこれも<BR>あれもそれも<BR>子育てって親育て<BR><BR>毎日思うが、今日も思う。<BR><BR>「子供ってこげん可愛いったい。」<BR><BR><BR>]]></content></entry><entry><title>父からのメッセージ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=346" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=346</id><issued>2011-10-14T01:22:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:25:55Z</modified><created>2011-10-13T16:22:00Z</created><summary>つい一昨日、ベッドに寝転んで娘に授乳している時、頭の中で父が突然話しかけてきた。父が逝ってからこういう事が時折あるのだけれど、これまではもっと父が世俗的(笑)というか、父らしい憎まれ口や、父らしい照れや、そういう人間っぽいところが多かったのだけれど今回は...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Family -家族の軌跡-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<P><BR>つい一昨日、ベッドに寝転んで娘に授乳している時、<BR>頭の中で父が突然話しかけてきた。<BR><BR>父が逝ってからこういう事が時折あるのだけれど、<BR>これまではもっと父が世俗的(笑)というか、父らしい憎まれ口や、<BR>父らしい照れや、そういう人間っぽいところが多かったのだけれど<BR>今回はやたらと神っぽかった(笑)<BR><BR>それはまさしく私が見落としていたポイントだった。<BR><BR>「あゆこ、人間の価値はエネルギーの大小じゃないぞ。<BR>自分のエネルギーが心地よく周囲の人、物、自然と調和しているかどうかが一番大切なんだ。<BR>調和するにはまず自分が発しているエネルギーを完全に信頼することだ。<BR>そうすれば、いい音楽が奏でられる。<BR>その音楽に共鳴して人や物は自然にひきつけあう。<BR>調和、これが何より大切なんだ。<BR>だから、いつも自分自身が調和しているかどうか、心地よいリズムを創っているかを意識しなさい。<BR>もしリズムがとれていないと感じたら、好きな歌を口ずさみなさい。<BR>歌なんて歌えないというきついときにこそ実行しなさい。<BR><BR>ここで気をつけてほしい事がある。<BR>もし自分が奏でる音楽にどうしても合わない人や物を周囲に感じたら<BR>（たとえ、それが今までは合っていたものであってもだ）<BR>無理に合わせようとせずに、自分のリズムを保ちなさい。<BR>物であるならば処分しなさい。<BR>人ならば距離をおきなさい。<BR><BR>もう一度言う。<BR>調和だ。<BR><BR>全てのものからエネルギーが発せられている。<BR><BR>それをもっと意識しろ。<BR><BR>そして慈しみなさい。」<BR><BR><BR>数年前、私はエネルギーに善し悪しをつけていた頃があった。<BR>そして、エネルギーは善し悪しの二元性ではないことを知った。<BR>頭ではわかったつもりでいたが、おそらくその時から、エネルギーの大小という二元性に<BR>捉われていた自分を今回の父の言葉によって自覚させられた。<BR><BR><BR><BR>調和するということ<BR><BR>慈しむということ<BR><BR><BR>それが深いところで響いた。<BR><BR><BR><BR>実は10月に入って、立て続けに私自身の根本体質を自覚させられる出来事が続いていた。<BR>離婚したという事実に深い実感を持ち始めたのも10月に入ってからだ。<BR>父が逝くまでの数カ月は、父との残り少ない日々を過ごすことが大切だったし、9月までは<BR>あれやこれやと忙しかった。<BR>それが10月に入りポンと空白が出来始めてやたらと寂しくなってきた。<BR>去年の今頃を思い出したり、父の死を実感してたまらなくなったりした。<BR><BR>そしてこういう時に、私の「甘え」という根本体質が顔を出してきた。<BR>シングルマザーになり、父が他界し、母にも頼れず、<BR>神様はここまでして私に学びの場をくれているにも関わらず！だ。<BR><BR>起こる出来事、出来事が、それを気づかせてくれることばかりだった。<BR><BR>最終的にドカンときたのは、6年ぶりに車をぶつけてしまった数日前。<BR>スーパー、区役所、銀行、郵便局・・・と娘を抱えてまわっていた日。<BR><BR>最後の郵便局でまたまた戸籍謄本が足りないといわれた。<BR>今度は二度目に大阪に住んでいた時の分だという。<BR><BR>大宰府、岡山、大阪の分を取り寄せてこれで万全だと思っていた矢先だった。<BR><BR>「何回くればいいっちゅうねーーーん！！初めに言えよ〜〜〜！！」<BR>怒りが沸々と湧きあがった。<BR>怒りを越して涙がでてきた。<BR><BR>車に戻って娘をチャイルドシートに戻した途端、癇がついたように泣き始めた。<BR><BR>怒りと動揺と情けなさと様々な感情が混濁したが、とりあえずしっかり運転て帰ろうと気持ちを入れ替えた。<BR>我が家の車庫について気持ちがほっとしたその瞬間、「ボン！」と音がした。<BR>バックしている時に後方の電柱にぶつかったのだ。<BR><BR>幸い傷も見えない程度のものだったが、ぶつかった瞬間にぷつんと糸が切れた。<BR><BR>「も〜〜〜〜〜いやだ〜〜〜〜！！！！なんでこーなるとーーー？！！！！」<BR><BR>父の車を処分するまでの期間保管してもらい、先日帰って来たばかりの私の愛車。<BR>まだ保険もきちんと譲渡が終わっていないこのタイミング・・・・。<BR>ガミガミ怒鳴らりながらもサポートしてくれていたはずの父もおらず<BR>母はただオロオロするばかりで<BR>娘はギャン泣きしていて<BR>ご飯の時間は迫っていて・・・・<BR><BR>「あゆこが落ち着かないと朱嶺も落ち着かんよ。こういう時こそ落ちつけよ。<BR>余り凹まず気持ちを入れ替えろよ。」<BR>と電話越しで元旦那に言われハタと気がついた。<BR><BR>そっか、泣こうがわめこうが何も変わらんったい！<BR><BR>怒るのも、そう<BR>泣くのも、そう<BR>叫ぶのも、そう<BR><BR>だれかがどーにかしてくれるかもっていう私の根本体質の表われにすぎないのだと気がついた。<BR><BR><BR>父のメッセージを受け取った後、この出来事を振り返った。<BR><BR>問答無用<BR><BR>音楽なんて私の頭の中で全く奏でられてはいなかった。<BR><BR>リズムなんてものも意識すらしていなかった。<BR><BR>ただただ、こなさなければいけない予定をつくり、その予定通りに身体を動かしていただけだった。<BR><BR><BR>調和からは程遠かったこの日の私。<BR><BR><BR></P>]]></content></entry><entry><title>名前は祈り</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=343" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=343</id><issued>2011-10-06T21:41:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:43:18Z</modified><created>2011-10-06T12:41:00Z</created><summary>名前はその人のためだけに用意された美しい祈り若き日の父母が子に込めた願い幼きころ　毎日、毎日数え切れないほどの美しい祈りを授かった祈りは身体の一部に変わりその人となっただから　心をこめて呼びかけたい美しい祈りを　　　　　　　　　　　　　　　《毛利　武》...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Phrases -打つ言葉-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<P><BR><BR>名前はその人のためだけに<BR><BR>用意された美しい祈り<BR><BR>若き日の父母が<BR><BR>子に込めた願い<BR><BR><BR><BR>幼きころ　毎日、毎日<BR><BR>数え切れないほどの<BR><BR>美しい祈りを授かった<BR><BR><BR><BR>祈りは身体の一部に変わり<BR><BR>その人となった<BR><BR><BR><BR>だから　心をこめて呼びかけたい<BR><BR>美しい祈りを<BR><BR><BR><BR>　　　　　　　　　　　　　　　《毛利　武》<BR><BR><BR><BR><BR><BR>泣き父の言葉で何を一番に思い出すか<BR><BR>それは何よりも<BR><BR>私を呼ぶ声です<BR><BR>それはとても鮮明でつい耳元で囁かれているよう<BR><BR>心から<BR><BR>名前は祈りだと<BR><BR>そう思います<BR><BR><BR><BR>素晴らしい名前を授けてくれてありがとう<BR><BR><BR>大切に大切に<BR><BR>祈りで溢れたこの名前と共に<BR><BR>残りの人生を歩いていこうと思います<BR><BR><BR><BR>追記：<BR><BR>Sちゃん<BR><BR>誕生日おめでとう<BR><BR>Sちゃん＆Yちゃんの姉妹に出会って名前を聞いた時<BR><BR>なんて素敵な名前なんだろうと<BR><BR>ちょっぴり羨ましく思ったほどです<BR><BR>Sちゃんの詩が<BR><BR>伸びやかに織られる日々でありますように・・・・<BR><BR><BR></P>]]></content></entry><entry><title>魔女の押し入れグッズ</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=342" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=342</id><issued>2011-10-06T21:13:00+09:00</issued><modified>2012-04-22T15:23:50Z</modified><created>2011-10-06T12:13:00Z</created><summary>踵屋敷内《魔女の押し入れ》にて購入した品々♪子供が生まれてから自分用の買い物なんてとんとご無沙汰のママのたまった物欲がムクムク（笑） もともと店主の趣味が好きだから全てツボに入る。瞑想用に買った綺麗なストールレメディ入れ用にピッタリのポーチ産後禿げた（笑...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Favorite space　‐ほっこり空間-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<IMG class=pict alt=111006_191317.jpg src="http://yogarhythm.img.jugem.jp/20111006_846461.jpg" width=240 height=320><BR><A href="http://kafuri-kibisu.com/" target=_blank><STRONG>踵屋敷</STRONG></A>内《魔女の押し入れ》にて購入した品々♪<BR><BR>子供が生まれてから自分用の買い物なんてとんとご無沙汰のママのたまった物欲がムクムク（笑） <BR>もともと店主の趣味が好きだから全てツボに入る。<BR><BR>瞑想用に買った綺麗なストール<BR>レメディ入れ用にピッタリのポーチ<BR>産後禿げた（笑）頭部を隠すバンダナ用の肌触りの良いハンカチ<BR><BR>ウフフ<BR><BR>]]></content></entry><entry><title>夢</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=338" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=338</id><issued>2011-09-27T22:46:00+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:25:55Z</modified><created>2011-09-27T13:46:00Z</created><summary>通夜、葬式では人前で惜しげもなく涙を流した私だったけれど、それ以来人前でどーいうわけが涙を流せない。泣き虫のこの私が、だ。母の前でも涙を流せない。それはたぶん母の方が涙を先に流すから、自動的にストップしているのかもしれない。そんな私が唯一涙を惜しげもな...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>Family -家族の軌跡-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<P>通夜、葬式では人前で惜しげもなく涙を流した私だったけれど、<BR>それ以来人前でどーいうわけが涙を流せない。<BR>泣き虫のこの私が、だ。<BR>母の前でも涙を流せない。<BR>それはたぶん母の方が涙を先に流すから、自動的にストップしているのかもしれない。<BR><BR>そんな私が唯一涙を惜しげもなく流す時間がある。<BR><BR>ベッドの上で娘と二人で寝転びながら授乳している時。<BR><BR>美味そうにごくごく飲んでる娘を見ながら(笑)<BR>窓から差し込む陽と、吹きこむ心地よい風を感じながら<BR>二階まで伸びた柿の木の枝に茂る新緑をぼぉーっと眺めていると<BR><BR>決まって父の事を思い出す。<BR><BR>小さな頃からつい最近までの様々な場面がランダムに流れて<BR><BR>涙がとめどなく流れる。<BR><BR>おいおい声を出して泣くときもあるし（それでも娘は起きない・・笑）<BR>じわりと涙が噴き出すがままのときもある<BR><BR>「あぁ〜。本当にいないんだな・・・」<BR><BR>と深く実感する瞬間でもある<BR><BR>そしていつのまにか、娘と一緒に昼寝する<BR><BR>それがいつからかパターンになった。<BR><BR><BR>そんな娘とつかの間のうたたねの最中、父が久しぶりに夢に現れた。<BR><BR>ここんところご無沙汰だったのだけれど、さすがお彼岸。<BR><BR>父が近くにいるよーな気配がなんとなくしていたここ数日。<BR><BR>裏庭に植えた覚えのない彼岸花が均等間隔に5苗真赤な花を咲かせている。<BR><BR>おそらく鳥のフンに運ばれてきたのだろうけれど、これまで一度もこんな事なかったのに<BR>今年に限って咲くあたり偶然とは言い難く父の魂に寄り添う心持になっている。<BR><BR><BR><BR>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<BR><BR>夢に現れた父は少しふっくらとしていていつもの麻のジャケットにジーンズ姿。<BR>「少しふっくらしたじゃない！」と言ったら<BR>「ハワイに療養に行っていたんだ。でもまだ食欲がないな。」と言う(笑)<BR>そーいや逝く間際までハワイ行くつもりでいたもんね。<BR><BR>「なんで戻ってきたの？」と聞くと<BR>「お母さんが心配なんだ。」と言う。<BR><BR>どーやら、今もまだ自分が母より先に逝ってしまったことを悔いている様子だった。<BR><BR>「そっか・・・。またお父さんに会えてうれしいよ。戻ってきてくれてありがとう。」<BR><BR>そう言ったら、いつもの感じではにかんでいた。<BR><BR>「とりあえず、なんか食べよう。」<BR><BR>どっかのレストランでテーブルを囲んで家族水入らずで食事をした。<BR><BR>そこから場面がワープして、桜が満開の季節に移り変わっていた。<BR><BR>父の誕生日が3月25日、母の誕生日が4月7日、お釈迦様の誕生日が4月8日（これは関係ないか・・(笑)）<BR>ともかく春は母が一年でもっとも愛する季節。<BR><BR>「おまえらに見せたい桜があるんだ。」<BR><BR>連れて行ってもらった先は、土手。<BR>あれはどこなんだろう。<BR>今思うと京都のような気もするが川沿いにそれはそれは見事に古木の桜が咲き誇り<BR>歩道からすこし控えめに立ち並ぶ露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。<BR><BR>その情景はリアルだけれど、現実にしてはあまりにも美しかった。<BR><BR>ある店先の店主が突然顕れて<BR><BR>「ほら、そこを見てください。」<BR><BR>と言う。<BR><BR>指が差す方向を辿ったら綺麗な真っ白な蛇が優しく動いていて<BR>しばらくその蛇を鑑賞した。<BR><BR>はたと気がついたら母の姿がみえない。<BR><BR>私と父と娘の三人だけがそこにいた。<BR><BR>「これでほっとしたよ。」<BR><BR>と父が言う。<BR><BR>「どうして？」<BR><BR>と私が聞くと<BR><BR>「俺がお母さんを見送ることができただろ。」<BR><BR>と言う。<BR><BR>「あっそうだったね・・・そっか・・・そっか。」<BR><BR>夢の中の私は母がとても穏やかで幸せそうな表情をして旅立っていった姿だけを急に思い出して、<BR>複雑な涙がこぼれた。<BR><BR>父もとても穏やかな表情をしていて肩の荷が下りたとでもいわんばかりに<BR>ほっとしている様子だった。<BR><BR>「これからどうするの？」<BR><BR>と父に尋ねたら<BR><BR>「僕ももう戻るよ。じゃあ元気でな。」<BR><BR>と言ってそのまま土手を歩き始めた。<BR><BR>「そう。私達はここでもう少し桜を眺めて帰るよ。」<BR><BR>そう言って別れた。<BR><BR>不思議と全く寂しくなかった。<BR><BR><BR>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<BR><BR>夢はここで終わった。<BR><BR>ありありと覚えている割に意味がよく把握できていない状態なのだけれど<BR>父が出てくる夢って言うのは毎度あまり意味がわからないから<BR>あまり気にしていない。<BR><BR>それよりも毎回父に会う嬉しさがたまらない。<BR><BR>夢とは思えないほどリアルなのだ。<BR><BR>あ〜こーやって時折夢で会えたら寂しく感じることはないかも・・・と思えるほどリアルなのだ。<BR><BR><BR><BR>今回の夢で確信したことは二つ。<BR><BR>とにかく父は母だけが気がかりだっていうこと。<BR><BR>そして先に逝ったことをとても悔いているということ。<BR><BR><BR><BR>「お前の世話にならない。」<BR>「好きなように生きろ。」<BR>「俺たちの事は心配するな。」<BR><BR>父の口癖<BR><BR>強がりもあっただろうし、本気さもあっただろうし<BR><BR>ともかくそう言い続けてきた父なだけに、今とても複雑な想いでいるような気がしてならない。<BR><BR>好きなように生きろ<BR><BR>そう言いたいけれど母の事がきがかりで言えないもどかしさ<BR><BR><BR>大丈夫だよ<BR>こっちはどーにかやってるし<BR>これからもどーにかなるだろうし<BR><BR>仏前でいつもそう言ってるけれど<BR><BR>もう少し近くで見守っていてほしい気がして<BR>もう少し父にわがままをしたくて<BR>頑張ってる私をもっと見てほしくて<BR><BR>本気でそー言っていない私を<BR><BR>たぶん父はお見通しだ<BR><BR><BR><BR></P>]]></content></entry><entry><title>人見知り脱出！！</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=340" /><id>http://yogarhythm.jugem.jp/?eid=340</id><issued>2011-09-27T16:48:58+09:00</issued><modified>2012-04-14T15:20:37Z</modified><created>2011-09-27T07:48:58Z</created><summary>
この日をどんなに待ち侘びていたことか！！！

九ヶ月に入るか入らないかってなったある日！
ピタッと人見知りがなくなっちゃいました！

友人、知人問わず誰に抱かれても（ご機嫌とまではいかないが、、）
ギャースカ泣くことはなくなり家事の最中恐々相手して下さって...</summary><author><name>Ayuco</name></author><dc:subject>life with baby　 -赤ちゃん日誌-</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<img alt="110927_133549.jpg" class="pict" height="320" src="http://yogarhythm.img.jugem.jp/20110927_842006.jpg" width="240" /><br />
この日をどんなに待ち侘びていたことか！！！<br />
<br />
九ヶ月に入るか入らないかってなったある日！<br />
ピタッと人見知りがなくなっちゃいました！<br />
<br />
友人、知人問わず誰に抱かれても（ご機嫌とまではいかないが、、）<br />
ギャースカ泣くことはなくなり家事の最中恐々相手して下さってたヘルパーさん達も<br />
「うれしぃわー♪」と<br />
感激してくれママも一安心。<br />
<br />
巷では《魔の八ヶ月》って言うらしいですが、うちの場合、《魔の八ヶ月間》でした（笑）<br />
<br />
うんうん<br />
<br />
ちゃんと成長してくれてるのね♪<br />
<br />
と娘の成長を喜ぶ一方<br />
<br />
日に最低一回は掴まり立ちから転倒し<br />
ホメオパシーレメディ《アーニカ》は一日たりとも！！（笑）<br />
ポケットから手放せない状態は続いています、、、。<br />
<br />
誤飲には《シリカ》<br />
蕁麻疹には《エイピス》<br />
<br />
そして<br />
転倒には《アーニカ》<br />
<br />
<br />
三種の神器でございます<br />
]]></content></entry></feed>
