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2014年スタート!
あけましておめでとうございます♪
喜びあふれる一年になりますように・・・・・




ずいぶんご無沙汰していたブログですが、2014年はちょこちょこと更新していけたらと思っています。

去年1年を振り返ると、一番の出来事はリフォームが完了したこと、でしょうか。
年始からプランを練り始め、9月に施工、10月から新しい我が家になり気持ちよく2013年を終えることができました。
正直、リフォームってのがあんなに大変だとは思っていませんでしたが、一念発起の断捨離&大掃除を兼ねてこれまでの垢落としもできましたし、何より母がとても喜んでくれ、娘も私も今までとは比べようのないくらいに生活しやすくなりましたから、頑張った甲斐がありました。

リフォーム以外には特にこれといって大きな出来事はありませんでしたが、家族みな健康に安全に一年過ごせ、この3年では一番穏やかで平安ないい1年だったように思います。

父が他界してから二年半が経ち、いまだ父の不在にさみしさを感じない日はありません。
けれど、他界直後1年のあの空虚感、焦燥感に苛まれ、日々ただ生きていくことだけで精一杯だった日々を思い出すと、
ずいぶんと現況に慣れた自分がいることに気が付きます。
<慣れ>という素晴らしい能力に有難ささえ感じます。

そしてそんな淡々とした日常をただ生きていく、という淡々とした作業をようやくでき始めている自分にほっとしていたりもします。

幼稚な私をここまで引っ張り上げてくれたのは、天国の父でもあり、母でもあり、私に関わってくださった方々でもあり、、、
そして誰よりやはり、、、娘、、、です。
娘のおかげで私は、ようやく、本当に、ようやくでありますが、<大人>という段階の意味を理解し(笑)その扉を開けかかったところのような気がするのです。
まだ扉を開けたばかりで、階段の一段目にさえ足をかけてはいないように思うのですが、扉の位置を探り当てれただけで
今の私には十分です。
ゆっくり、、、も、していられないのですが、地道にしっかりと一歩一歩進んでいきたい、と思っています。
それが、2014年の抱負、です♪

娘がここまで何事もなく順調に健やかに育ってくれていることに、親としてはまず娘に感謝が尽きず、
この3年間で彼女からは一生分の恩をいただいています。
彼女なくして、今の私は存在しません。
彼女が育っていく過程を見守る役柄を神様に授かり、その役柄を与えられたからこそ知らず知らずに私自身が癒され、気づかされ、喜びにあふれる日々を送ることができていることに、ありがたく、ありがたく、ありがたく・・・・・

4月からは彼女も新しい扉を開けます。
日々、日々、成長し、最近では驚くくらいおませな発言をする彼女。
これから、彼女にはたくさんの挑戦が待っているでしょう。
毎日、毎日が、驚きと発見にあふれ、さみしさや哀しみや怒りや喜び、、、たくさんの感情とも出会うでしょう。
彼女にとって、ココが帰る場所であれるように
ココでは緊張した紐を緩め、感情を解放できる場所であれるように

誰より、まず、私自身が、彼女を守れる大人になれるように

日々、精進の2014年になりますように・・・・・・



 
| Dairy Life | 11:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
気が付けば8月
 気が付けば8月に突入し、爆発的な猛暑が続いている中こちらはリフォーム準備で毎日なんやかんやと忙しくしています。
けれどこの忙しさがブログ停滞の理由かというとそうではなく、明確な、悲しい出来事があったのです・・・

な、なんと、娘ちゃんがPCを破壊してしまったのです。
もちろん故意にではないのですが。
彼女は彼女なりにきちんとノートパソコンを閉めたかったのでしょう。
けれどその隙間にコードが挟まっていることに気づかずぐいぐいと体重をかけて閉めた結果、
スクリーンが破損。
なーんにも映らない状態になってしまったのでありました。

けれど、実のところこれが私にはよかったのです。
出来事っていうのは必ず起こるべくして起こっているのですね。
PCを開けないという状態が、我が家の断捨離のスピードを加速してくれ、その上ちょっとおざなりになっていた書類の整理なんかもはかどり、You tubeでドラえもんを見るというあまりよろしくなかった娘ちゃんの要求も治まり、、、と私の肩を重くしていたいくつかの物事がささーーーっと解決!(笑)

そんな状態が2週間続いて、そろそろリフォーム期の居場所決めを決定していかにゃならん!という時期に入り、娘連れて電器屋に行ったらあるPCメーカーの社員さんがいらっしゃって
かなりの破格値でPCを購入できることに。
もちろんそこにはメーカーさんの裏事情があるのでしょうが、私としてはラッキーこの上なし。

ってなわけで、久々にブログをアップしてみました。

でもまだwindows8に慣れず苦戦するアラフォーであります・・・

| Dairy Life | 01:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ニューアース

何度読んでもそのたびに気づきをもたらしてくれるのがこの本です。



今もまた本を開き始めました。



この本は、いわゆる「スピリチュアル系」と分類されるものとは一線を画しています。

善し悪し抜きに、違う、のです。



何が違うか、、、、、



ファンタジー的要素を徹底して取り除き、徹底して《エゴ》の正体を暴いているところ。


心の平安にたどり着くには、自分を不安定にしている構造体の正体、いわゆる《エゴ》を観る

ことだ、と彼は終始語り、その実体、そしてその観方、を簡潔、且つ、詳細に語っています。


この本に出会ったのはもう随分前になりますが、何度読んでも気づきがあり、読むたびに自分の経験と重なりそこからの一歩を与えてくれるとても貴重な一冊です。


この無駄を省き本質のみに迫る手法は、ヨガをやっている私のような分類の人間にはとても受け入れやすかった、のかもしれません。

もともと、私は心よりも頭が先に動くタイプ。

と、いうと語弊があるかな。

インスピレーションよりも思考が勝っちゃうタイプ。

この方がしっくりするな(笑)

なのです。


そこそこにお勉強をやってきた(そこそこ、、、ってところがこれまた厄介です)人に多いのではないかしら、と思われます。


自分の小さい脳に人生を縛られてしまい、脳で考えた思考こそが答えだと疑わず、その不安定な思考が揺れるたびに自分そのものが揺らぎ、その不安定さをどこかしらで安定させたいという無意識な欲求が、他者との間に壁を作ったり、そこから目を背けたり、どこか外に答えを求めたり、あるいは、ストイックなまでに何かに打ち込むことでその障壁を取り除こうとしたり、、、、

いろんな手段を講じて、その不安定さと《闘い》、、、自分を保持しようとしてしまうのです。


そんな人間に、彼は本著の中でこう言います。



「そもそも心=《エゴ》とは不安定な構造体なのだ」



「その不安定なエゴと自分を同一視してしまうことが、全ての苦しみの根源だ」


《同一視》


これはこの本の中で度々でてくるキーワードです。

英語でidentify(名詞:identity)



脳をもって生まれた私達は、生まれてすぐから様々な事柄と事柄をidentifyしていきます。


娘を観ているとこの作業の過程がとてもよくわかります。


ひとつひとつラベルつけすることで外界と自分をつなげていきます。


お腹がすいた私の口になにやら含ませてくれているこの目の前にいる人は・・・ママ。


ママという言葉は、おそらくたいていのあかちゃんが一番先に学習する言葉

頭上のきれいな青いものは、空。

その青いものの中に浮かんでいるのは、雲。

その空から降ってくる冷たいものは、雨。


そうやって言葉と世界の事象を結び付けることで、自分外の世界を理解しようとしていくわけですが、

これは、一方で自分と世界に境界線をつけ「縛り」を作っていく作業でもあるわけです。

娘を見ていると成長を嬉しく思う一方で、「あぁこれが苦悩の始まりなんだなぁ・・・」なんてちょっぴり

切なくなったりもしています。



私たちがこの世界で生活していくにはあらゆるものをidentifyしていく必要があります。

identifyするからこその喜びがあり、楽しさがあります。

苦悩も生まれてきます。

そして、疑問や葛藤も生まれてきます。


それもそのはず


そもそも、事象に名前なんてありません。

私たち人間が生活のために作り出したものに過ぎません。

その言葉に踊らされていては、葛藤はいつまでもいつまでも続いていきます。


「悲しんでいる」自分を「悲しい自分」だとidentifyし

「怒っている」自分を「怒りんぼの自分」だとidentifyし

あらゆる感情と自分をidentifyして生きている、その常態から

悲しんでいる自分を、「悲しんでいるんだなぁ」

怒っている自分を、「怒ってるんだなぁ」

一つ一つの湧き上がる感情と自分とを切り離していく作業、、、

それが、同一視から離れる一歩。


この本は、言葉と世界の間にぴたーーーっとくっついていた接着剤を溶かす力を持っています。


海も

木々も

土も

風も

太陽も



本当はみーんな名無しの権兵衛さん(笑)


言葉に縛られている、自分をただ眺める

そうすると

海は海じゃなくてもいいんだ

風は風じゃなくてもいいんだ


ってことを知る


頭の中を駆け巡る言葉たちにちょっとの間お休みしてもらい



言葉に縛られていない事象そのものをただありのまま感じると



五感がいっせいに動きだして今まで気が付かなかった感覚が芽生える


自由

ってのは

そーゆうこと(^_^)

























| Books | 06:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
リフォーム計画
 今年の1月位から建築士さん達と何度も練ってきたリフォーム計画がいよいよ大詰めを
迎えました。

我が家の一番の問題点は母の居場所。
現在、台所と一続きになっているダイニングに介護ベッドを配置していて、母は一日中我が家で一番騒がしい空間で過ごしています。
娘もすくすく成長し活発になっていく状況で、娘の遊び場所とご飯を食べる場所と母の寝る場所が全て同じ空間というのはなんとも不便。

例えば、母は一日中テレビをつけておきたい、
けれど、私としては必要な時だけつけておきたい、とか。

娘が活発に動いている時間帯に、母はゆっくり眠りたい、とか。

家事を終えて一息つき、ミシンでも・・・と思っても、母は就寝中、とか。

8畳のスペースに年代の離れた3人が一日の大半を過ごしているのですから致し方ありません・・・。

いくら家族であっても、ある程度の距離感は必要です・・・。


その一方で、トイレ等の限られた範囲の母の動線を考えると、現状がベストだったり。
母は気分によって「老人ホームに入りたい。」と言う時、と「家にいたい」と言う時があったり。

去年はそこらへんを頭の中であれこれ考えては答えがみつからないままでした。

けれど、あれこれ頭の中だけで一人で考えていてもはじまらない、と、思い切って
ミセスリフォームさんに電話をしたのが今年初め。

担当の方達がとても親身になって一緒に考えていく形をとって下さったおかげで、時間はかかりましたがこの半年でリフォームの形が見えてきました。

なにより、母の負担が増えないように母の動線を一番に考え、その上で母が過ごす空間の環境を出来る限り快適にしていくこと。
そして、もちろん娘にとっても私にとっても居心地のいい家であること。

そんなプランが完成しつつあります♪

どんな家になるのかワクワクしてます♪


あれこれ頭の中で考えている時は、「リフォームをする=母と生きていく覚悟」の方程式が出来上がり、それを受け入れねば!という「ねば!」の思考状態でした。
先々のことを考えすぎて、そこに縛られ空回り・・・・。

今年になって、少し柔軟に考えられるようになり、打ち合わせを重ねるごとに重荷が軽くなっていきました。

極論、母が明日老人ホームに入ることになろうと、一生この家で過ごすことになろうと、
どっちみちリフォームは必要だ!という結論に至ったのです(笑

この家ができて25年近くほとんど内装には手を入れてなかったので、壁紙や天井紙はかなり汚く、ミロの爪痕でボロボロの箇所もあり(笑)、塗装の剥げも目立ち、水漏れ等の問題もでてきていましたから、もし何かしらの状況の変化でこの家を明け渡すことになったとしても、どの道ある程度の改修工事は必須。

それならば、快適な空間づくりを後々に回さずに、必要だと思っている今やってしまおう、と。

過去記事で少しふれた、大腸の精密検査をした時、思ったんです。
人間、いつ死ぬかわからん。明日死ぬかもしれん。
明日死んでもいい覚悟で生きるっていうと大袈裟かもしれませんが、少なくとも自分が明日死んだとしても残された娘が少しでも愛を基盤に生きていけるように、これからの自分の人生を費やしていきたいなぁ、と。
過去や未来に縛られず、今という瞬間に全エネルギーを注いでいきたい♪

ま、そんな流れがありました。

担当の方々にもこちらの状況を全てお話ししご理解いただけた結果、コストを抑えながらも要望をかなえたプランをご提示してもらうことが出来ました。
ほんと、かなりわがままな客だと思うのですが、根気強く丹念にこちらのニーズを引き出してくださったミセスリフォームさんには大、大、大感謝です♪


現在は最終打ち合わせで、壁紙の色、タイルの色、など、やってて一番ワクワクする段階です。

そして、8月に施工開始!

その前に1か月間の遊牧民生活の計画を練らねば!!!

まだ何にもきまらなーーい!


そしてそして、その前には大掛かりなダンシャリと梱包が待ちうけています・・・・。

それは言うまでもなく、一人の孤独な作業・・・(苦笑)

ま、いつかはやらねばならない親の代の品々の整理を、30代のうちにやっておけるってことをヨシとして・・・・。








| Dairy Life | 02:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2歳半になりました♪
娘は2歳半になり、おしゃべりな小さな女性に成長してます。
四六時中ず〜〜〜っとしゃべっています。
喋っていない時は、歌っているか、寝ています(笑)
スタミナもついてきたのでお昼寝もちょこっとだけで十分になりました。
ママとしてはそこらへん微妙な心境でもあるのですがw

激しいイヤイヤ期が1歳後半から2歳ちょっとまで続き、このままずっと続くのか〜?!!とげんなり・・した時期もありました。これもまた成長の証とただただ彼女の言い分をのみこめるだけ呑み込んできました。(いやいや、プッツンと切れたこともありました・・・ハハ)

道端での大泣きストライキ多々。
公園で帰宅拒否多々。
ちゃぶ台返しならぬ食器返し多々。

彼女のおかげで、38歳にして、ぐっと《我慢》という行為を覚えました。
娘よ。オイラを大人にしてくれてありがとう!!
でも、やっぱり我慢は嫌いだ!!!(笑)

そんな彼女もイヤイヤ期を超えました!!!
言葉を習得するのと比例しているようです。
こちらの言い分も十分理解でき、また彼女も自分の気持ちを言葉で表現できるようになり、
彼女の思考と行動の歯車が合ってきたように感じます。
多少の嫌々はもちろんありますが、こちらがゆっくり説明すると落ち着いたり、代替のものを与えることで納得したり、、、、と最近の彼女の行動には人間っぽさがでてきました。
だって、今まで野性動物でしたから(笑)

生まれてからずーーーーーっと最高に愛おしい娘更新中ですが、最近の彼女はMAXに愛おしいです♪
おぉ〜〜〜〜!!!可愛すぎるぞ〜〜〜!!
と一日に何度も吠えてます。

「ママ、アーンちてごらん」
「ママ、おくちみがこうねぇ」
「ママ、おようふくどれにちよっかぁ?」
「ゴハンおいちぃねぇ」
「ママ、イタイの〜?そちたらあかねがイタイノイタイのとんでけぇ〜したげるね」

たどたどしくちょっとつまりながら間違えながらのセンテンスの可愛さといったら!
たまらんです。(サシスセソは高度なのです・・・。)

どこでいつのまに覚えてくるのか、幼児の言語習得能力の高さには毎日感心しきりです。


保育園では最近お友達とのやり取りがスムーズになり愉しくなってきたようで、
帰ってきてお友達の話をよくしてくれます。
そーゆうの聞くのもまたなんともたまらんのです!


1歳半から週1〜2回短時間保育をお願いしていた施設で、今月からは日数と時間をガツンと増やしたので最初はひやひやしていましたが、彼女の成長にはそれがよかったようです。
とにかく、この保育施設のスタッフ、先生方が素晴らしく、預けていて心から安心できるので母としては有り難い限り。
認可保育園の入園が出来ず(なぜか落選・・・・)今通っているのは、認可外保育園なのですが、むしろ落ちてよかったかな・・と思えるほど。
(しかも待機児童手当も支給されるらしい(まだ申請中)ので、金銭的にも安心!)

3時のお迎えなので時間的にもぐっと余白が生まれ、ずっとやりたかった裁縫やあれやこれや(このブログを再開できたのもそう!)に時間を注げたりして、ママのストレスも軽減。

ママも娘もいい塩梅の昨今であります♪
ジュエル(通ってる保育所)サマサマ!


って、こうやって書いていくと、やっぱり2歳までって大変だったんだなぁと思います。
なんせつきっきりの二年間ですから・・ね。
でも、あっという間の二年間でした。

それに、あの生まれたての乳幼児時代もたまらんのです・・・♪
何人も産み落とせる環境なら5人ほど欲しいくらい(笑)
色んな時期の子供と接せれるなんて最高に幸せだと思うなぁ・・・。
一人っ子だったから余計そう感じるんでしょうか・・。


娘から頂いたものはもうそれはそれは測り知れません。


「子供は絶対産みなさいよ!人生愉しくなるから!」

人生の諸先輩方数人から同じお言葉を頂戴した5年前。

「そんなん言われても一人じゃ産めないもーーん」と言い訳しながら、心の中にしっかりと根付いてた有り難いお言葉。

その中の一人ヨガの大先輩から

「あゆちゃん、子供っていうのはね、人生を大変にするもんじゃなくてね、人生をどんどん楽にしてくれる存在なのよ。人生が軽やかになるわよ。」

その言葉の意味、今、めちゃめちゃわかります♪

一人でどっしり抱えていた荷物を一つ一つダンシャリしている感覚の中に、確かに私は今いるなぁと・・・。
そしてその隙間から新しい風が気持ちよく吹いてくる感覚。

彼女のおかげで私の人生は豊かになりました。


《私の役割は彼女を自立させること。》

それまでの短い間、彼女の人生にもっとも近い位置で携われることを心から幸せに想います。


だからこそ、次なるステップに進むべき時に力強く進んでおくことの大切さを同時にかみしめています。

彼女をどう育てたいか、どうなってほしいか・・・なんてあれこれ考える前に!
私がどう生きているか、どうなりたいか、って方が大切かなぁと。

娘ちゃん、そこらへんは思いっきりジコチューにやらせてもらうよ。

「ママって変だけどなんかいっつも愉しそうだよね」

なんて言葉が飛んできて手のひらをぐっと握りしめ「よっしゃ!」と小声でつぶやく日を
妄想しただけで、うふふ・・・
最高に幸せだなぁ・・・(あほだぁ・・・)


すくすく成長してくれてありがとう!!
これからも貴方が貴方らしく生きてくれますように・・・





| Life with baby  | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
摂食障害

摂食障害

これは沢山の女性が抱える一つの現代が抱える病です。

以前ヨガを伝えていた時にこの摂食障害で悩んでいる方々に沢山出会いました。
けれど、正直その時、私はそのアドバイスとして的を得た言葉をかけることは出来ず、ありきたりの言葉しかお伝えすることが出来なかったことがずっと心に引っかかっていました。
なぜなら、私もその答えを求めていたから。

そう、私も摂食障害だったからです。

私は10代後半から20代後半まで波はありましたがずっとこの摂食障害に悩まされてきました。
10代後半は拒食、20代は過食、そして嘔吐を続けていました。

ヨガを本格的に始めてから『吐く』症状こそ治まりましたが、根本的にこの障害から解放されたかというとそうではなく、心の中では「食べたい」「吐きたい」と思ったことも多々あり、精神的にはずっと摂食障害だったのではないかと感じています。


今、私は完全にその障害から解放されました。
なんとなく治った・・・ではなく、治癒した瞬間があったのです。
まさしく《瞬間》でした。
「あ!!なぁんだ!」と腑に落ちた瞬間から、私は長年の苦しみと決別することができました。

私のこの経験がどの人にも応用が効くかどうかは全く見当がつきません。
けれど、少なからず何かのヒントになってくれればとてもうれしい・・・。
そんな希望を持ちつつ、私の治癒する過程を書いていこうと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
初めに、、、
私の摂食障害の歴史において、切っても切れない存在であるのが母です。
これまで前述してきた通り私と母の間には数々の問題が点在していましたが、この《摂食障害》という事柄を通して結ばれた私達母娘の絆の中にそれらの問題を解き明かす核が潜んでいました。
その核に出会ったことで、私自身の呪縛からだけでなく、母自身が抱えていた呪縛からも解放されることが出来ました。
それは、いってみれば、それまで作ってきた親子の関係性が崩れ、再構築し始めた瞬間でもありました。
ですから、私の摂食障害の治癒の過程には、さかのぼって母の歴史を見ていくことがとても重要な事柄でもありました。

これから書くことはもしかすると様々な反論を招くことになるかもしれません。
実際、これまでも「実の母親をそんなに悪く言う事はないのに」というご意見を頂いたこともありました。
そう言って下さる方のお気持ちがとっても嬉しく、有り難くその言葉を受けました。
なぜなら、私も母をとても愛しているからです。

摂食障害だけに関わらず、現代女性に多くみられるアダルトチルドレン、自律神経失調症、等の心の病は、実のところ親子関係を起因に発症している場合がとても多いのが事実です。
そして、そういう問題に関わっている方達はみな親を愛しすぎているために目をそらしその問題から抜け出せないケースが多いのです。
愛しすぎている・・というよりも、お互いに本物の《愛》というものを知らず、《愛》を束縛やコントロール、擁護することだと思い違いしたがために起こっている・・・・と言った方がいいのかもしれません。
こういう関係性に身を置いてきた方達は大概、他人に親を悪く言う事をとかく避けて、自分の身を砕いてでも守りたいと思ってきたのではないでしょうか・・・
私の場合、父の事はあーだこーだと他人によく文句を言ってきましたが、母の事となるとなぜか心の中に抱いていることと逆のことしか言えませんでした。
母について何かマイナスを言う事は、自分を傷つけることと同意でした。
言えたとしても、それはせいぜい5割で、残りの5割は秘め事だったのです。

そんな親子だからこそ、一見その根を探すのはとても難しくみえるのですが、いったんその根を探そうと決意さえしたら、意外にあちらこちらにその根を探すヒントが散らばっているのも親子だからこそ、なのかもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

母は私が物心ついた時から摂食障害でした。
というより、あれが《摂食障害》だったのだ、と言い切れるようになったのは、治癒が起こる瞬間後のことです。
3〜4歳の時、毎日夕飯の後欠かさずトイレにお湯の入ったやかんを持っていく姿を不思議に感じた時の風景を覚えているのですが、なぜか幼いながら触れてはいけないところなのだと解釈していたようです。
そこからもう少し成長して、明らかにそれが嘔吐しているのだと知った時、母がトイレにいっている隙にそっと父に尋ねたことがありましたが、父はとても分が悪そうに「お母さんは腎臓が悪いから吐かないとだめなんだ。」との答えがかえってきました。
その日から、「お母さんは病気だから吐かないとダメ」という刷り込みが私の心に植え付けられ、それを信じてきました。
母にその理由を直接問いただしたことはありません。
ともかく、幼少のころから、母が嘔吐する姿を当たり前として日常に刻みながら生活していた、ということになります。

母はとかく美的容姿にこだわる人でした。
10代から美人で有名で、今で言う「JJ」のようなファッション雑誌の読者モデルをしていましたから、とくに痩せた太ったという話題には敏感だったのだと思います。
「ちょっと太ったかしら?痩せなきゃ。」という母の口癖はいつしか私に「女性は太ったらいけないんだ。」と思い込ませる刷り込みに変化し、私も小学校3年生くらいからもうすでに痩せた太ったを気にする少女に自然になっていきました。
そんな私に父は「今はそんなこと気にするな。どんどん食べろ!」と心配して言うのですが、私はいつも心の中で「お母さんだっていつも気にしているのになんで私にしか言わないの?」と皮肉にしかとらないようになっていました。
一方母は、私が気にしていると、「それじゃあ、太らないメニューにしてあげるわ!」と小学校の時からダイエットメニューなんかを作ってくれるような人でした。
その当時はなんて優しい母なんだろうと本気で思っていました。

「女性は美しくないと!」という母に流れる強い感覚はそれはそれはパワフルでした。
当時では珍しいエステにも通っていましたし、今で言う軽い皺とりのようなプチ整形も果敢にチャレンジしていました。
私にとっても、美しい母は自慢でした。
母のように美しくなりたいと思い続けながら生きていました。
だからこそ、母のように美しく生まれてこなかった自分を僻み、母を羨ましくも思っていました。
高校生になり、ぷくぷく太りだした私はいよいよ真剣に悩み始めました。
母は「思春期なんだから仕方ないわよ。じきに痩せるから。」と言ってくれましたが、すでにその時には、母から受け継いだ刷り込みは私の一部となり、そんな言葉は慰めにもならず、ただただ痩せたいと思うのみ。
結果、炭水化物抜きという成長期にやってはいけないダイエット法を試し10キロほど痩せましたが、結局リバウンドで1年後には逆戻りどころかそれ以上に太る始末。
このころは、父と母の喧嘩も頻繁に起こるような状況になっていましたから、家から離れたい、母から離れたい、そんな感情も溢れていて、家族間の空気もピリピリしていました。
夜遊びを始めたのもこのころでしたから余計に家の空気は悪くなる一方・・・

そんなときに、母と大喧嘩が勃発。
きっかけはささいなことだっただと思います。
けれどどんどんエスカレート。
しまいには、
「お母さんは綺麗だからいいじゃない!洋服だってなんでも似合うような人には私の気持ちはわかんないんだよ。」
と、結局そういう類の内容にすり変わり、

そして、とうとう、母は禁断の言葉を私に投げかけます。

「あゆちゃんも吐いたら?」

衝撃でした。
母が吐くのは病気だから仕方ない・・・と思い込んでいた私に、母が嘔吐を勧めているわけです。頭の中は、??が飛び交いながらも、どこかで合点しているような、なんともいえない感覚だったのを覚えています。
残念ながら「何言ってんの〜〜〜(笑)」と笑い返せるほど、私自身全く自立していませんでした。
それどころか、この言葉で私はとても楽になったのです。
「これで、私はお母さんと同じように痩せられるんだ!」・・・と。
「もう悩まなくていいんだ・・・」
一瞬湧いた母への疑念はどこ吹く風で跡形もなく消え去り、母に有り難ささえ湧きました。
そして、同時に、これで母を守れる、とも感じていました。
長年、母が吐いている姿を見て当たり前と思っていてもそこに否定的な感情がなかったとは言いきれない自分にどこか母を裏切っているような後ろめたさがあったのです。
けれど、自分も吐けば、母と同罪・・・
これで私は母を裏切らずに済む・・・・

その日から、私の摂食障害がスタートしました。

摂食障害そのものについてはあまり語ることはありません。
いわゆる摂食障害です(笑)
徐々に痩せたい云々が理由というよりも、吐くことそのものが癖になり、
やめられなくなっていきました。

ヨガや玄米菜食を本格的に初めてからその癖そのものは影をひそめました。

けれど、私自身がよくわかっていました。
なにかのきっかけでまたスタートする程度でしかないこと。

なぜなら、そこにはまだ「吐きたい」という欲求が少なからずあったからです。
私の精神がちょっとでも不安定になったならば、またその癖は再開する。
そんな確信さえありました。

根本を突き止めたい。
そう思ったころは、母は脳梗塞を起こした後でしたし、母の状態をどう受け止めていくかで父とやたらに対決していた頃でもありました。
母の嘔吐癖は認知症になったと同時に消え、同時にあの強い美意識も消えていました。
モリモリと出されたご飯を残さず食べる母の姿に、父は喜んでいましたが、
私は取り残されたような寂しさが募っていました。
母の影響を浴びるほど浴びて成長してきた娘として、言うだけ言って、影響及ぼすだけ及ぼしておいて、勝手に自分はそこから出ていくんですか・・・?というやるせない想い。
突き止めたいと思えば思うほど、答えから遠ざかっていくような感覚、

結局月日は流れ、その瞬間が来たのは、父が他界し、母との対峙を始めてからでした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

治癒する過程でこういう感情を掘り起こす作業をする時、切なくなる時が多々あります。
その当時の自分を今の自分とは切り離して一人の少女として眺める作業というのは、無駄な感情(擁護や言い訳等・・)を排除してただ見つめていくので、その当時は気がつかなかった傷口があちらこちらに点在しているのがとてもよくわかるからです。
《私》の歴史を見るというより、《一人の少女》のドラマを映像として味わっていくという感覚です。
どうしてもそこに《自分》のエゴが介入すると、言い訳を言いたくなったり、誤魔化したくなったり、嫌な部分は飛ばしたくなったり・・・するものですが、この作業には言い訳は通用せず、ただありのままその当時のドラマを頭で再現することで、痛みと同時に癒しが発生してくれます。

私の場合、摂食障害を治癒する目的で、母との対峙を始めたわけではありません。
前述してきたように、父が他界し、認知症の母へのやりきれない苛立ちが先立ち、対峙せずには先に進めなくなったから始めたようなものです。
母になり、育児する上で知らず知らず娘に《刷り込み》をしながら育てている自分を客観的に眺めているうちに、私に刷り込まれた《呪縛》となっている思い込みは何だろう?と歴史を紐解きたくなったのですから、娘サマサマです。

そして、自分だけでなく、当時の母を眺める作業を通して、《私の母》というよりも、今の私と同じくらいの年齢の一人の新米ママの姿、母の定義を超えたところ、生々しく痛々しく、そして愛らしい一人の女性がそこにいました。

母も悩める一人の女性だったわけです。

「女性は美しくないと!」と母が掲げるスローガンの背後には、
「美しくないと愛されない・・」という母の寂しさが隠されていました。
そしてまたその背後には、生まれた時から父不在で、仕事に埋没する祖母からも十分に愛を受け取れず、愛に枯渇していた母の姿がみえました。
頼りだったのは自分の美貌。
これがあればどうにか世の中渡っていけるのではないか・・という盲信。
自分の美意識と美への探究が母を支えていました。
やっと巡り合えた男性(私の父)もこれまた父母不在の孤独男(笑)でこちらも愛の表現がどーも苦手ときたわけです・・・(笑)
母は完璧な主婦として懸命に父に尽くします。
家をピカピカに磨きこみ、夕飯は料亭のように仕込み、着物でお出迎え。
父もまたそんな母に懸命に尽くします。
お互い、与えることで相手から愛をもらおうと必死でした。

母の最大の人生の誤解は
幸せが自分の外側から訪れるものだという思い込みでした。

美しければ・・・・
痩せていれば・・・
家事をきちんとこなせば・・・
やりくり上手ならば・・・

「・・・ならば」幸せになるんじゃないか、愛されるんじゃないか、という母の中の刷り込みが母を苦しめていたのです。

愛が自分から発生するものだと、幸せは誰かから与えられるものではなく自分が作り出すものだと、母が腑に落としていれば、鬱病で苦しむこともなく、嘔吐癖を自らに嘘をつきながら続ける必要もなかったのではないか・・・

そんな母の葛藤、苦しみ、もがき、あらゆる想いがある瞬間、それこそ走馬灯のように頭の中で駆け巡りました。

娘に「吐いたら?」と言ってしまった時の、母のやるせない気持ちも・・・。

ごぉ〜〜〜っと母の感情が流れだしました。

そして、その時
「美しくないと幸せになれない。」
という私の中にしっかり根を張っていた刷り込みを発見したのです。

母を眺めることで心の深底に隠れていた小さな私を見たのです。

そこには、ぶるぶると震え怖がっている小さな少女がいました。
「太りたくない。太りたくない。」その少女の中から叫びが聞こえます。

涙が出ました。
とまりませんでした。
「あぁ・・・これ私なんだねぇ・・・。大丈夫。太っても幸せになれるから。
太ったら幸せになれないなんてただの刷り込みなのよ。もうそこからでてきていいよ。」

「ごめんねぇ・・・長い間解放させてあげれなくて・・・」

思わず声に出していたようで、娘が「ママ??」とこちらを見たのでハッとして我に帰りました。
台所で家事をしている最中のほんの数十秒の出来事だったようです(笑)

そう、これついこの間、去年の出来事なのです。

その言葉を言った瞬間、雑草を根こそぎひっこ抜いた時のような感触を味わいました。

あぁ・・・終わったなぁ・・・
長かったなぁ・・・・

これが正直な感想です・・・(笑)

18歳からかれこれ20年間、私の中に根付いていた可愛くて困りものの小さな私から
色々な感情を教えてもらったのも事実ですから、今となれば、「ありがとう」
しかありません。

《恐怖》《怖れ》っていうのは、ほんと手強い、ですね。

自分が恐れているものなんだろう?って探そうとすると隠れるんですね、奴らは(笑)

全く別の角度から眺めた時に、ふとした拍子にひょっこり現れる。

そういう意味でも、親との関係性、親との歴史をひも解くって言うのは、色んな収穫があるもんなんだと、今回しみじみ感じました。



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私のこの経験が今摂食障害で悩んでる人達の助けになるかどうかはわかりません。

こういう問題は、安易に治癒するものだとも思いません。

なんせ20年間持ち続けていたんですから・・・!

けれど、私のように、ふとした拍子にふとしたきっかけで治癒することってあるんだってことをどこか心の片隅の空間にでもふわふわと浮かばせてもらえたらとてもうれしいです。

そして、悩んでいるのは貴方だけじゃないってことも(^_^)



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